Knowledge for Well-being

華蓮だより

華蓮だより

華蓮だより」では、心身健康科学科の卒業生、在学生のみなさんへ向けた教員からのメッセージをお届けしていきます。

2024年・11月号

11月号は小岩信義先生、熊谷勝義先生からのメッセージです。

  • 私たちが見ている世界は「本物」なのでしょうか? 人間総合科学大学副学長・人間科学部学部長 小岩信義

     今回は、ジル・ボルト・テイラーの著書『奇跡の脳』を紹介します。この本は、脳科学者である著者が、自分自身の脳卒中体験をもとに、右脳(「みぎのう」と読んでください)と左脳(「ひだりのう」と読みましょう)の機能の違いやそれによる認識の変化を語った貴重な記録です。とくに、右脳の視点で見る世界がどんなものかを、私たちが普段意識しない感覚を通じて表現している点がとても魅力的です。
     テイラーは、突然脳卒中を発症し、左脳(言語や論理的思考をつかさどる部分)がうまく働かなくなりました。その結果、右脳だけで世界を感じることになります。そのとき、彼女は右脳で見た世界を「美しくて平和なもの」として鮮やかに描写しています。右脳を通じて感じた世界では、時間の流れがなく、一瞬一瞬が今ここにあり続けているように感じられるといいます。自分と他者、物との境目がなくなり、自分自身が周りのすべてと一つになったような感覚を味わったそうです。左脳で物事を分析し、細かく分けて考える私たちにとって、この感覚はとても新鮮で、不思議なものとして映るのではないでしょうか。
     『奇跡の脳』は、こころとからだの相関を学ぶ心身健康科学に興味がある皆さんにも、とても有意義な内容です。この本で語られている「右脳と左脳のバランスをとること」は、私たちの健康や幸福を考えるうえで重要なテーマだからです。ふだん、私たちの多くは左脳を優先して使っており、そのため物事を論理的に考えすぎてしまい、右脳が得意とする感覚的で直感的な考え方を活かすのが難しいことがあります。しかし、本書で紹介されている右脳の世界の捉え方を知ることができれば、私たちの考え方の幅が広がり、ストレスを減らしたり、心の健康を保つためのヒントを見つけることができるでしょう。
     さらに、この本が伝える右脳的な世界観(感)は、私たちの人生に深い気づきを与えてくれます。世界中で起きている争いや、私たちが日々の中で抱える欲望や偏った視点によるトラブルを見直すきっかけとなるでしょう。テイラーが体験したように、私たちが自分の小さな視点や利己的な考え方に囚われている限り、広い世界の中で起きている本質的な問題や、他者との共存を見逃してしまうことがあります。この本に触れることで、そんな狭い視野から目覚め、互いに共感し、つながり合うことの大切さを改めて感じるはずです。紛争や分断が続く現代社会において、この「右脳的な視点」が私たちに平和と調和の道を示してくれるかもしれません。
     日々の勉強の合間にこの本を手に取ってみてください。きっと、今までと違った視点で自分自身や周囲を見つめるきっかけになるでしょう。皆さんの学びが、より豊かで充実したものになることを願っています。

  • おそるべし腸内細菌叢              人間科学部心身健康科学科 熊谷勝義

     現在、私は海外にて現地の食文化に触れる日々を過ごしています。この生活により、この1年数ヶ月で私の体重は大きく変動しました。具体的には、15キロ減少から10キロ増加という激しい体重変化を経験しました。この体重の増減の原因を考えるうちに、研究を通して腸内細菌叢による体重への影響に注目するようになり、皆様へその一部を紹介したいと思います。

     最近の研究によると、腸内細菌の一種であるブラウティア菌が体重増加を抑え、糖尿病の改善に寄与する可能性があることが分かっています【https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9388534/】。ブラウティア菌は特に日本人の腸内に多く存在し、肥満や糖尿病の予防に役立つとされています。この研究では、日本全国の医療機関の協力により約9,000人の腸内細菌データを収集し、健康な人にはブラウティア菌が多く、逆に肥満や2型糖尿病を持つ人には少ないことが確認されました。

     ブラウティア菌は、脂肪の蓄積を抑え、炎症を抑える物質であるオルニチンやアセチルコリンを産生します。動物実験では、高脂肪食を与えたマウスにブラウティア菌を投与することで、体重増加や血糖値の上昇が抑えられたことが示されています。この結果から、ブラウティア菌が体重管理や糖尿病予防に役立つ可能性が示唆されています。しかし、ブラウティア菌は酸素に弱く、直接摂取することは難しいため、自身の腸内でこの菌を増やすための食材を摂取することが推奨されます。例えば、大麦やビフィズス菌がブラウティア菌の増殖を助けるとされています。つまり、これらの食材を日常に取り入れることで腸内環境の改善が期待できます。

     私の体重変動は、腸内に共生するブラウティア菌が現地の食生活によって増減し、それに伴ってオルニチンやアセチルコリンの産生が変化したことが一因かもしれません。また、腸内細菌叢は体重だけでなく、メンタルヘルスにも関与していることが分かっており、心身の健康において非常に興味深いテーマだと感じています。

2024年・8月号

8月号は鈴木はる江先生、吉田浩子先生からのメッセージです。

  • 健康診断から人類進化に伴う疾患を思う 人間総合科学大学副学長 鈴木はる江

     職場では、毎年健康診断があり、自分の健康状態を把握することができます。健診で何か指摘があれば早めに対応される方もいれば、健診を面倒と感じ、さらなる精密検査の注意が記載されていても、自覚症状がない場合、放置してしまう方など、検診結果への対応は様々あろうかと思います。
     最近、60代から70代前半の方々で、検査で高血圧や血中脂質の高値が指摘されても自覚症状がないため放置し、心疾患や脳梗塞に至ったという例を見聞きしています。不具合を自覚しないと再受診を面倒に思ってしまいますが、生活習慣病から発展して重篤な事態至らないために確実に対処することが大事であると痛感します。
     一方、血液検査や血圧測定などで異常はなくとも、突然、重篤な症状に見舞われる疾患もあり、その一例に脳動脈瘤が破裂して起こるクモ膜下出血があります。本学テキスト「ヒューマン」には、人類進化の過程で人間の脳は巨大化し、脳の血管も著しく長くなった一方で、血管壁は丈夫になる進化をとげていないため、血管の分岐部に動脈瘤というコブができやすくなったのだと説明されています。現代医学では、脳ドックの検査で脳動脈瘤の存在が分かり、開頭せずに可能な治療法も開発されています。生物進化の過程、特に陸上への進出に伴う疾患は、高血圧、糖尿病、脳卒中、虚血性心疾患、腰痛などの身体疾患、うつ病や統合失調症といった精神疾患など、実に多岐に渡ります(ヒューマンp.134~145参照)。少なくとも高血圧、糖尿病、虚血性心疾患、脳梗塞による脳卒中については、検診による身体状態の把握と生活習慣の改善で対処できるのですから、検診結果をしっかり受け取めて活用したいものです。

  • 役に立たないお話           人間科学部心身健康科学科 吉田浩子

     自宅が人口密度より犬猫密度が高くなって久しい。最初の猫は、米国出張が多かった時期に同居し、通関が容易な時代だったので、何度か一緒に渡米した。帰国後、講義で使用する3頭の犬が加わり、猫が寿命を全うし、犬のみになったが、犬のうちの1頭ががんで余命宣告を受けた際、友人の獣医たちから闘病中のQOL向上のためには子猫か子犬が良いと説得されて子猫を迎えた。この子猫は、犬3頭に囲まれて犬のように育ち、先天性の内蔵奇形から生き延びた最後の1頭の犬の余命が見えてきた時に、「犬化した猫が1頭になるとストレス過多」とのことで、「日本ではこの品種は足の短い茶系の毛色の子が人気、足が長い黒系の子は売れない」と聞いて子猫を1頭引き取った。この猫を今生最後の同居猫と決めてFine(フィーネはイタリア語でendの意味)と名付けた。Waltz, Melody, Harmony, Rhythm, Trill ときてFineなので、それなりのまとまりと自画自賛、猫2頭と平和に過ごせると信じていた。
     確かに犬たちがわらわらいた時に比べ、猫との生活は穏やかで、飼育に伴う雑用は大幅に軽減した。問題は、Fineがおそろしく食いしん坊な猫に育ったことである。獣医からダイエットを厳命され、コロナ禍で在宅勤務の時はそれなりに減量に成功したものの、日中は自宅がどこでも猫部屋の日常に戻ったら、あっと言う間にまた増量した。理由は簡単で、少しずつ必要な時に必要な量を食べたい同居猫のフードをせっせとつまみ食いした結果である。動物病院に健診に行けば「6キロありますね、1キロは痩せないと」と言われ、溜息しきりである。減量用フードに代えたら、減量不要の猫はお腹を壊して確かに痩せたが、Fineはまったく痩せなかった。減量用フードもたくさん食べれば効果はない、あたりまえである。
     この夏、所要で自宅を留守にする間、猫たちは動物病院のホテルに滞在する。飼い主の飼養の下手さにあきれて「ダイエット合宿ですね」と笑われているが、病院の規則正しい食生活で痩せることを期待している。ただ、帰宅後に体重が戻らない保証はなく、試行錯誤は続く。
     減量に失敗続きの猫のどうでも良い役に立たないお話だが、修学の合間の気晴らしになれば幸いである。

2024年・5月号

5月号は佐藤弘子先生、鮫島有理先生からのメッセージです。

  • 蓮田キャンパスツアー    人間科学部心身健康科学科 佐藤弘子

    みなさんこんにちは!

    心身健康科学科教員の佐藤弘子です。

    心身健康科学科は通信教育課程なので、入学されてから1度も蓮田キャンパスに来たことがない〜という方に、自然豊かな環境にある蓮田キャンパスをぜひご覧いただきたい!

    ということで、蓮田キャンパスツアーと題し、動画(1:51)を作りましたので見てくださいね〜(^o^)

  • 拙著紹介『仏教心理学入門』  人間科学部心身健康科学科 鮫島有理

     日本仏教心理学会運営委員の先生方との共著で『仏教心理学入門』を上梓させていただいた。
     本書では、計7名の先生方がそれぞれのご専門の立場から、各章を執筆くださっている。
     ここで目次をご紹介しておこう。

     

     第1章 発展するアメリカ仏教―心理学・心理療法を窓口として―(ケネス田中)

     第2章 仏教と内観―仏教の智慧でいのちの繋がりに目覚め、今を後悔なく生きるために―(千石真理)

     第3章 森田療法と仏教(山口 豊)

     第4章 心理臨床から見た原始仏教(鮫島有理)

     第5章 佛教とユング心理学―スピリチュアル・エマージェンシーの観点から―(鈴木康広)

     第6章 仏教教育と心理学―教育実践に示唆する仏教的人間観とは?―(岩瀬真寿美)

     第7章 老いを見つめて生きる(松永博子)

     

     仏教と一口に言っても、日本人に馴染み深い大乗仏教だけでなく、その元となった原始仏教もある。日本の仏教は大乗仏教の流れを汲むが、個々の始祖の哲学が入った宗派仏教が主となっているため、「仏教」と言っても、種々様々であることはご想像に難くないであろう。また、心理学も同様で、私の専門とする臨床心理学は、応用心理学の一つであり、基礎心理学(実験心理学、認知心理学、学習心理学等)とは、その対象もアプローチの仕方も全く違うものである。
     
     このように、仏教も心理学も大きな広がりのある学問であるため、研究者によってその研究領域も様々である。前述の著者7名も、専門領域は様々であり、僧籍を持つ先生や精神科医、臨床心理士等、バックグラウンドもバラエティーに富んでいる。そんな七色の虹のように…というわけではないが、装丁もきれいな本となり、内容もまたカラフルな色合いの、そして味わい深いものとなっている。

     宗教としての仏教も大事な部分ではあると思うが、信仰などの宗教的な部分を抜きにして、一学問として見ていただき、仏教と心理学の“コラボ”をお楽しみいただけたら幸甚である。

2024年・2月号

2月号は矢島孔明先生、片山昇先生、井上紗奈先生からのメッセージです。

  • 人類の進歩を人間を活かす力に   人間科学部心身健康科学科学科長 矢島孔明

     今年に入り、震災や事故などが相次ぎ、被災されたみなさまに心からのお見舞い申し上げます。本学でも学生さんからの支援希望の力強いお言葉を頂き、義援金などによる支援を進めています。どうぞよろしくお願いいたします。

     今回の能登での地震は、過去を振り返ると1000年に一度の大地震といわれていますが、他にも近年大きな地震が各所で頻発しているように感じます。過去の地質的データのみならず伝承などの民俗的な資料も含めてビックデータとして今後の予測を行うということですが、地震に関しては今でもなかなか予測が難しい難問になります。

     以前は、天気予報ほど当てにならないものはないとされていましたが(それでも私は未来を予測できる予報士のおじさんにあこがれてしまいましたが…)、気象予報に関しては、ここ近年の予測精度は時間的にも空間的にも飛躍的に向上してきており、スマホの情報を見るだけで雨に濡れずに済まされています。

     この人類の飛躍ともいうべき未来を予測できる力は、AIだけなく、精度の高い簡便な機器センサーなど、ソフトウェアおよびハードウェア両方による技術進展による社会浸透が、世界的な第4次産業革命を引き起こすと予言されるほどの大きなムーブメントとなっており、気象予測もその一端としてなくてはならないものとなっています。そして今後は人間への応用も大きく期待されます。

     私たちの学科名である心身健康科学に含まれる、こころとからだのつながり、健康に向かう仕組みの理解は、今の時点では地震予測のように未知で複雑なものかもしれません。でもAIを含む大きなムーブメントは、きっと今生活を行う私達人間がよりよく生きるための力となってくると思います。そのための考え方、実践の学びは、ずっと本学が開設された当時から大切な科目内容になっており、社会人・高校からの進学者だけでなく、リタイアされた方や主婦の方なども含めた多くの卒業生に広げられています。また近年では「こころとからだのデータサイエンスコース」や、医療系資格所有者が専門学士を取得できるリカレントプログラムなどとして系統的に学ぶしくみを整えています。

     これからの時代の脅威としてのAIではなく、人間を活かすための手立てとして、一緒に学びを進めていきませんか?

  • 『個人面接の礼法』(一例)     人間科学部心身健康科学科 片山昇

     様々な場面で自分を試される面接を控えている方も多いと思います。そこで今回は、教員採用試験での面接における虎の巻を紹介したいと思います。各種職種の面接でどのようにしたらよいか迷われているみなさん、ぜひ参考にしてみてください。

     

    • 礼法は大事! 面接官への第一印象(刻印)となる!

     個人面接配点は、驚くほど高い。不合格でも落胆することなかれ!あなたの人間性まで否定した訳ではない!「教員としての資質を探っているだけ!」早い人で3秒、遅い人でも10秒位といわれる第一印象。(まだ、始まった訳ではないのに。印象がいいと、面接の最後まで、その印象は続いているのだ。)

     でもそれだけではだめ!何事も周到な準備なくして憂いなし!

     

    • 語先後礼」の徹底! 二つのことを同事にやらない!

     あいさつは、「言葉が先」で「礼(おじぎ)は後」

     みなさんも知らない内にそうしいています。「語先・後礼」(これは辞書には載っていない。やはり言葉が先の方が先になる。最初は目で見て何か言って礼(おじぎ)をすると思う。まさか、自分の靴に向かって「失礼します!」なんて変な人いないよね!?

     

    • 「次の方、お入りください」

     ノックする。面接官の目を見えないドアに向かって、「失礼します!」相手は不快。礼を失う。「失礼のないように」ドアをノックして、開けたら閉めること。その時、無造作に後ろ向きにならない配慮を(相手が見えない、挨拶にも気を使う)。ドアは2~3回打つ、強過ぎず弱過ぎず、打つ感覚も考えて!

     ⇒ ドアを開け、締める。   

     静か目に。面接官に対し、無造作にお尻を向けないように配慮!

     ⇒ 「ハイっ」と返事をして「失礼いたします!」

     面接官に対面し、目を見て行う!

     礼は、あまり深々とやらず、首でなく腰を折る感じで45度

     

    • 「出身校、受験番号、名前を言ってください」

     ⇒ 「はい!」

     (面接官からの問いかけや質問に対しては、どんな時でも必ず「はい!」と、まず応えること!)

     ⇒ 「○○大学から参りました、受験番号○○番、○○と申します。

    よろしくお願いします!」

    (大人としての敬語を使う。)

     

    • 「どうぞお座りください」

     ⇒ 「はい! 失礼いたします!よろしくお願いします」

    (イスに握り拳1つ分ぐらい開けて座る。背もたれは使わない。男性は手を軽く握り膝付近に、女性は手の指をクロスさせて股関節付近に置く。)

     

    • 「以上で終わります」

      ⇒ 「はい!」 

     (と応えて、イスの横に立ち)

      ⇒ 「ありがとうございました!」

      ⇒ 「失礼いたします!」  or   「失礼いたしました!」 

    (ドアの前で、必ず面接官の目を見て行う。)

     

     基本を押さえておくだけで、印象は大きく変わりますし、みなさん自身の自信も付いてきます。みなさんの気持ちを伝える第一歩として、ぜひお役立てください。

  • 学修の合間の休息         人間科学部心身健康科学科 井上紗奈 

     皆さんは、キャンパスに来学されたことがあるでしょうか。蓮田キャンパスは、蓮田駅から徒歩15分程度、近くには農地も広がるのどかなエリアです。キャンパス内も緑が多く、図書館の横のエスポワールの鐘のある丘は、春先などは、ピクニックをしたくなるようなきれいな芝生が広がります。図書館の中からも見渡すことができるので、気持ちの良い自習時間を過ごすことができます。その脇にはハーブが植えられていて、冬でも爽やかな香りを提供してくれます。ちなみに、敷地内にはミカンの木があります。執筆時点(12月)では、明るいオレンジ色の実がたわわに実っており、陽が当たると一層輝きます。

     なぜこのようなことを書いているか、というと、最近、デスクワークで肩こりがひどくなったため、気分転換にキャンパス内を散策しました。ほんの少しの時間でしたが、すっきりして、また仕事に集中できました。仕事や学修に取り組むことはとても重要ですが、根を詰めすぎて体調を崩しては元も子もありません。学習と学習の間に一定のインターバルを置くことで、記憶が定着しやすくなる分散学習(spaced learning)の効果にも繋がるかもしれませんね。何より、頭や体を休めることで、また新しいアイデアが湧いてくるきっかけにもなるでしょう。学修の合間のひとときに、皆さんも自然を感じてみてはいかがですか。

2023年・11月号

11月号は鈴木はる江先生、鮫島有理先生、森田理仁先生からのメッセージです。

  • ニューノーマルの社会・環境を考える 人間総合科学大学副学長・研究科長 鈴木はる江

     ニューノーマルとは、新しい(new)と常態(normal)を組み合わせた言葉で、「新しい常識・常態」という意味の言葉です。新型コロナ感染症の蔓延により、私たちの生活様式や働き方が大きく変化したことに伴い、良く聞くようになった言葉ですが、これまでにもインターネット社会の到来やリーマンショックの際にも言われていたようです。
     さらにこの夏は、日本全国で猛暑日が異常に増え、線状降水帯による水害が各地で発生しました。この線状降水帯という気象用語は数年前より頻繁に聞かれるようになりました。各地である月1か月の雨量を1日で計測したなど、異常気象として報道されていますが、地球温暖化は確実に進み、これが異常ではなく、常態化していくかもしれません。最近、気象の専門家が異常ではなく常態化することを念頭に対策していく必要があると述べていたのをニュースで耳にしました。
     社会変化も自然環境の変化も、近年は急速でその様相も著しいと感じざるを得ません。問題解決力やコミュニケーション力が以前にもまして求められるようになってきています。本学の「ヒューマン-未来社会の幸福(T)(S)」等で使用するテキスト「ヒューマン」には、人間の進化の過程や社会変化の過程を振り返るとともに、IoT(モノのインターネット)、AI(人口知能)、ロボットの導入、ビックデータの活用などを特徴とする第4次産業革命について解説しています。2018年に出版されたテキストですが、久住眞理学長・理事長がいち早く人間の未来社会に向けた問題点を取り上げて発信していることに感じ入る次第です。皆さんもテキスト「ヒューマン」を再度じっくり読み返してみませんか。今だからより一層、皆さんのこころに響くのではと思います。

  • ヨナ・コンプレックス        人間科学部心身健康科学科 鮫島有理

     ヨナ・コンプレックス(Yonah complex)という言葉をご存じだろうか。心理臨床家でもあまり馴染みのない言葉であるので、知らない人も多いかもしれない。
     これは、「自己実現」や「欲求段階説(欲求の階層)」などで有名なマズロー(A. H. Maslow)が使った言葉だが、先日、著作をひもとく機会があったので、ここで紹介しておきたいと思う。

     ヨナ(Yonah)とは、旧約聖書の預言者の名であるが、ヨナはある時、神からの啓示があったにも関わらず、それを無視し、逃げてしまったのだという。ヨナの詳しい話は省くが、マズローは「ヨナ・コンプレックス」について、こう説明している。

    「われわれはみな、自己を改善し、自己の可能性を実現したいという衝動をもっている。また、自己実現や完全な人間性あるいは人間性の完成、その他任意の言葉でいわれる同様のものになろうとする衝動をもっている。こう考えてくると、いったいわれわれを拒むものは何だろうか。われわれの邪魔をしているのは何であろうか。いままであまり注目されていなかったので、私がとくに話したいと思っているこのような、成長を妨げるものを、ヨナ・コンプレックスと呼ぶことにする」

    (A.H.マスロー、上田吉一訳『人間性の最高価値』誠信書房)

     誰しも、自己の成長発展を願っているにも関わらず、「最悪」に対する恐れと同じように、「最上のもの」に対しても恐れを抱いているというのである。これは、心の防衛ともいえるが、「自己の偉大さを恐れる心」「運命からの逃避」などがこれにあたる。

     これは、マズローのいう「自己実現」を阻むものともいえるが、「われわれの多くは、素質的にもっている使命(いわゆる運命とか、生涯の使命とか、天職とかいうもの)を避けようとするのも確かに事実である」と私たちの心の傾向性に理解を示しながらも、どこかで「最上のもの」を避けてしまう人が多いことを指摘しているのである。

     日々、仕事に追われ、育児に追われ、せわしなく動き回っている現代人が、ヨナ・コンプレックスから脱却するのはいつになるのだろうか。一人ひとりが、自己の偉大さを思い出し、真の自己実現を果たすことを願うばかりである。

    ※著書では「マスロー」とされているが、「マズロー」の呼称が一般的なため、文中では「マズロー」とした。

  • 学生時代の研究と想い出の味     人間科学部心身健康科学科 森田理仁

     授業の準備や校務を進める中で,学部4年生の時に行った卒業研究の資料を見返すことがありました.私にとって最初の研究テーマは,「ヒトの待ち合わせにおける挨拶行動の性差」でした(Morita, 2011, J Hum Ergol,).人間行動の仕組みとこころ/行動科学のインターネット授業でも紹介したので,ピンときた方もおられるかもしれません.私はこの時からずっと,進化生物学や自然人類学の理論に基づいてヒト(人間)の行動やこころ,そして文化について研究しています.研究を発展させ,その成果を教育に還元できるように頑張っておりますので,今後もお見知り置きください.今年度からは,データ解析による心身の理解/心理統計学の授業も担当しています.
     さて,卒業研究の時に所属していた研究室には,代々伝わる名物料理がありました.その名前は「ピエンロー」です.みんなでセミナー室で作って,食べながら研究について議論を交わしていたのが懐かしいです.せっかくなので作り方を紹介します.まず干し椎茸を水で軽く洗い,大きめの鍋やボールで水に浸けて冷蔵庫に入れ,一晩置きます.翌日,椎茸を戻し汁とともに火にかけアクを取り,鶏手羽元と白菜の芯の部分を入れて15分以上煮込みます.白菜の量は多めがおすすめです.その後,豚バラ肉,白菜の葉の部分,そして春雨を入れてさらに煮込み,仕上げにゴマ油を一回しすれば完成です.煮込む間には味付けをしないのがポイントです.器に塩と一味唐辛子をお好みの量入れ,具材とスープをよそって召し上がってください.〆には雑炊か麺類もお忘れなく.
     冬を迎え寒さが増し,お鍋が美味しくなる季節です.是非ご賞味ください.そして皆さんも在学中に,学修・研究にまつわる「想い出の味」を見つけてください.

2023年・8月号

8月号は小岩信義先生、中山和久先生、吉田昌宏先生からのメッセージです。

  • 人間らしさとAI              人間総合科学大学 人間科学部学部長 小岩信義

     テクノロジー、特にAI(Artificial Intelligence)の技術的な進歩は、私たちの生活や社会を大きく変えようとしています。ChatGPTのような対話型AIは驚異的な速度で広がり、特にそのポテンシャルの高さから、私たちがこれまで十分に考えてこなかった数々の課題が議論されるようになりました。
     生成AIは、これまで私たちがネット通販やメール返信の場面で触れてきたAIとは質が異なるものの、幸いなことに(?)、いまだ汎用人工知能 (Artificial General Intelligence)というレベルには到達していません。このため、私たちとAIとの共生について考える時間が、もうしばらく残されているようです。台湾のデジタル担当大臣であるオードリー・タン氏は、人間とAIの関係について「ドラえもんとのび太」の関係のようなものと説明しました。AIが私たちの脅威になるかどうかは、AIではなく、人間の姿勢にかかっていると言えるでしょう。のび太を成長させるのがドラえもんの役割であったように、人間や社会の”well-being”を実現するための道具として使いこなす覚悟をもつことが大切なように思います。
     今後常に思考の中心に据えられるべき、最も根本的な問いは、「人間らしさとは何か」、「人間だけができることとは何か」という人間の本質に関連したものではないかと思っています。AIとの対話を通じて、宇宙、地球というエコシステムの中で、人間として存在することの価値や役割を再定義し、未来を方向づける時期にあると思っています。AIを生み出した私たち人間には、その力を持っていると信じたいものです。
     今年創立70周年を迎える私たち早稲田医療学園では、このテーマを皆さんと考える機会を企画しています。東京大学の池谷裕二先生と一緒に、「ヒトとAI、脳とAI」と題した講演を通じて、皆さんがこれまで学修してきた心身相関とAIとの関連性についても対談する予定です。
     皆さんの積極的な参加をお待ちしています。

    学校法人早稲田医療学園創立70周年 人間総合科学大学記念講演会

  • 秋の心身健康を増進する文化        人間科学部 心身健康科学科 中山和久

     今年は8月8日が立秋。暦の上ではもう秋ですね。アキという日本語は「飽き」るほど食べられる季節という意味です。
     日本では8月になると桃・梨・ブドウ・イチジクなどの果物や、ナス・ゴボウなどの野菜、キュウリ・スイカなどの瓜類が収穫の時期を迎えます。今では旬がわからなくなっていますが、自然のサイクルでは多くの野菜や果物が8月に実ります。
     9月から10月にかけては、里芋・ジャガ芋・薩摩芋などの芋類をはじめ、日本人の主食である米、また柿・栗・キノコなども収穫時期を迎え、まさに「実りの秋」本番です。
     こうした自然の恵みを動物たちも享受して、しっかり食べて脂肪に変換して冬眠に備えるのが自然のシステムです。「食欲の秋」は、文化というよりは、「からだ」のメカニズムです。
     現代の日本は飽食の時代となっていますので、食欲は肥満そして生活習慣病(がん・心臓病・脳卒中など)の原因となります。また、最近は物価も高騰しています。値段が手ごろで、味も良く、栄養価も高い「旬」の食材を少しだけ、季節感を味わいながらゆっくり楽しむのが、心身健康の理にかなっているようです。

    【8月の旬】桃、梨(幸水など)、ブドウ(デラウエアなど)、キュウリ、ナス、ゴボウ、インゲン豆、山栗、イチジク、スルメイカ、モンゴウイカ、マカジキなど。
    【9月の旬】梨(豊水、二十世紀など)、ブドウ(巨峰、マスカット、山ブドウなど)、里芋、ニンジン、ナス、ニラ、シイタケ、ショウガ、クルミ、サバ、サンマ、イワシ、スズキ、ハゼ、カジカ、タチウオなど。
    【10月の旬】アケビ、リンゴ、柿、栗、梨(新高など)、レモン、ミカン、山芋、ジャガ芋、薩摩芋、ニンジン、長葱、マツタケ、シイタケ、ナメコ、落花生、クルミ、トビウオ、鯛、サバ、アジ、イワシ、ハモ、カマス、イボ鯛など。

  • 味の仕組み                人間科学部 心身健康科学科 吉田昌宏

     SNSで犬が食べ物を食べている動画を見ていると、犬は人間のように咀嚼せずに食べ物を丸飲みしているように見えます。犬は人間のようにあまり味を感じることはないのだろうかと思い、味蕾の数を調べてみました。すると、味蕾は犬で約1,700個、猫は約500個であり、人間の約6,000個と比較すると少ないことがわかりました。しかし味は味蕾だけで感じているのではなく、他の感覚も併用しながら味を感じているようです。
     その味蕾についての誤解の一つに、味覚分布というものがあります。これは、私たちの味蕾の分布は、舌の先には甘味を感じる味蕾があり、舌の左右には酸味と塩気を感じる味蕾があり、舌の奥には苦さを感じる味蕾があるというものです。実は現在の科学では、味蕾で全ての味を感じることができ、舌の場所によって味蕾の種類の違いはないということがわかっています。
     そして味は味蕾だけで感じているのではなく、視覚・嗅覚も使用して感じています。清涼飲料水の銘柄にファンタというジュースがあります。このファンタですが、グレープ味やオレンジ味などが販売されていますが、実は同じ味だということをご存じでしたか?見た目と香料が異なるだけで、実は同じ味なのです。かき氷のシロップも同様に同じ味です。私たちは見た目と臭いで別の味だと錯覚しているだけだったのです。
     では、犬が咀嚼せずに丸飲みしているのは、味蕾の数が少ないから味をあまり感じないからなのでしょうか。犬は人間と食に関する嗜好性が異なり、人間ほど味を重視していません。犬はまず最初に食べ物の匂いを嗅ぎ、その後に食感や形、硬さを確認し、最後に味を感じています。食べる時に重視しているのは匂い、食感であり、味を重視する人間とは異なるようです。これにより、犬は食べるときに丸飲みしているように見えるのですが、匂い・食感を重視しているために味わう必要性が少ないので、咀嚼する必要が無いので丸飲みしていたのです。

2023年・5月号

5月号は藤田益伸先生、熊谷勝義先生、鍵谷方子先生からのメッセージです。

  • ふつうにとらわれない           人間科学部心身健康科学科 藤田益伸

     4月に着任しました藤田益伸(よしのぶ)です。愛媛県出身で、兵庫県に長く在住していたので、関東の都会度合いに圧倒されています。大学で心理学を学んだ後、高齢者施設での介護職・相談員やコミュニティワーカー等の福祉の仕事に従事しました。福祉実践に携わりながら、研究を通して根拠を示し、社会問題の改善を働きかけていくアクションリサーチを行っています。

     「福祉とは何か」という問いに対し、「ふつうのくらしのしあわせ」と説明されます。障がいの有無に関わらず、誰もがふつうに生活できるよう社会を整備することは確かに重要です。ただ、何がふつうかという前提条件も、常に点検すべきです。病気や障がいがない?家族や友人がいる?大学まで通う?正社員になる?結婚する?子どもを育てる?かつてのふつうが憧れに変容し、参照すべき人生のロールモデルが見当たらないのが現状でしょう。

     福祉の対象者と関わっていると、「ふつう」に囚われて生きづらいのは、実は私たちの方ではないかと思うことがあります。ふつうから外れたら即ゲームオーバーではありません。病や障がいと付き合いながらも、懸命に自分の人生を模索する姿に心を揺さぶられるし、生き生きした姿に勇気をもらうこともあります。むしろ、健常者といわれる人達の方が、世間並・常識・周りの皆がそうだから、といった外形的な価値観に囚われ、自分がふつうから外れるのを恐れて、身動きがとれない状況にあるのかもしれません。

     人それぞれにふつうがあるから比べても仕方ないです。自分の内側にあるふつう、普段通りの自分らしさを発揮できることが、Well-Beingに寄与すると考えています。「無理に外形的なふつう合わせなくてもよいし、少々失敗や迷惑をかけても構わない。困り顔の人を見かけたらさっと手を差し伸べる人になって」、自分にも他人にも優しい社会になればいいなあ。」と飼い犬の散歩をしながら思う今日この頃です。

  • 私が考える心身健康科学の発展性とは    人間科学部心身健康科学科 熊谷勝義

     4月1日より本学へ講師として着任しました熊谷勝義と申します。私は自らの力で進学資金を準備しながら、且つ、妻と共に子供3人(いずれも男)を育てながら仕事と学業に邁進し、最終的には博士(農学)を取得しております。本学には、仕事と学業を両立されている学生さんが多いと思いますので、ご相談事がありましたら遠慮なくご連絡頂けると幸いです。その際には、私の経験などをフルに活かして助言させて頂きますね。
     私は27年間、大学・大学病院にて実験動物学を学びながら糖尿病や肥満に関する病態モデル動物の作製と解析に従事して参りました。また、マウスiPS細胞からグルコース応答性インスリン分泌細胞の作製や、子宮頸癌前癌病変発症のメカニズム解明、ゲノム編集技術を用いた領域特異的遺伝子挿入技術の効率化などにも携わり、基礎研究にどっぷりと浸かってきました。しかし、癌関連の研究を重ねながら、全ての遺伝子改変動物が癌を発症しないことに疑問が生じ、ストレスと身体の相関について興味を抱くようになりました。本学では、皆さんと一緒にストレスと身体の相関について探求し、心身健康科学を発展させたく思います。
     私は心身健康科学で戦争がない世界を実現させたいという野望を強く持っています。実は、この野望こそが私が本学へ来た一番の理由でもあります。本学における建学の精神に基づいた教育に触れることは、「お互いを理解する精神」を培い、豊かな創造性と人間性を育むことで第二の侵略戦争を回避する術を養えると考えています。つまり、本学における建学の精神に基づいた教育が世界中の人々へ浸透すれば、多くの人々が自らの手で幸せを実現できることが考えられます。こんな事を考えている生物屋が新たに本学の教員へ加わった事をご承知頂けると幸いです。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

  • 新茶の香りと心身健康科学         人間科学部心身健康科学科 鍵谷方子

     5月は新茶の香りを楽しむのに一番適した季節といいますが、皆様も楽しまれましたか?お仕事やご家庭のこと、そして学業と、大変多忙な毎日をお過ごしのことと拝察しておりますが、短時間でも、お茶の香りを楽しむような、ほっとするひとときを持てるといいですね。

     最近私は共同研究者と一緒に、脳の奥の方にある前脳基底部というところから大脳新皮質や海馬や嗅球などに投射するコリン作動性神経系の働きと嗅覚の関係について調べる研究をテーマの1つとして進めています。この神経系は、認知機能に重要な役割を担っており、アルツハイマー型認知症に関連していることが知られています。香りを嗅ぐことが認知機能へ及ぼす効果をこの神経系を介した側面から研究することを通して、超高齢社会において「よりよく生きる知恵」の創出につなげたいと思っております。

     最近、香りを嗅ぐトレーニングが注目されてきており、高齢者の認知機能維持に有用なことを示す報告が複数なされていますので、学生の皆様の中にも、既に興味をお持ちの方もおられるかもしれませんね。

     嗅覚は、環境のにおいを検知し,生体に有害か無害かを区別する機能であり、個体の生命維持に不可欠な機能です。ヒトでは動物に比べ嗅覚が低いことが知られています。環境中の匂い物質を受容する嗅覚受容体の遺伝子の数でみても、マウスでは約1,300個で、そのうち約1,100個が機能していますが、ヒトでは約1,000個のうち約350個しか(?)機能していないようです1)

     しかし、一方でヒトは、花や食べ物の香りなどに対しては、マウスよりはるかに豊かな嗅覚世界を持っていることが指摘されています1)。草花の香りを活用したり、食事の際に香りを楽しむことは、ヒトの進化の歴史の観点からも重要な可能性があるようです。嗅覚について学際的・統合的な心身健康科学の視点で探求してみると、興味深いテーマになりそうですね。

    1)Gordon M Shepherd. The human sense of smell: are we better than we think? PLoS Biol. 2004; 2(5): E146.

     

2023年・2月号

2月号は島田凉子先生、佐藤弘子先生、谷本伸男先生からのメッセージです。

  • 退職に向けて           人間科学部心身健康科学科 島田凉子

     私はこの春3月をもって、人間総合科学大学を定年退職いたします。
     着任は2001年でした。その前年から、オリジナルテキスト3冊の執筆に没頭していたので、ほとんど開学以来23年間本学で仕事をしてきたことになります。
     専業主婦として子育てをするうち、自分の心理的問題に気づいて臨床心理学への興味が深まり、東邦大学心身医学講座教授 筒井末春先生のもと、研究生として学ばせていただいていたところ、本学創設時に教授就任された(故)筒井先生に推薦していただいて、教鞭を執るようになりました。
     学際性を謳う本学の特徴として、異なる領域の教員同士がともに教育にあたり、人間総合科学・心身健康科学という新しい学問分野を共同創造する中で、人間関係を築くことができました。学問領域が違えば、文化も異なります。そうした異分野(異文化)交流の中から、知識のみならず学究的姿勢、人生観など、実に多くを学びました。筒井先生はじめ、学術の世界で地位を築かれた先生方は、皆、揺るぎない学問上の信念と、他者への思いやりを兼ね具えておられました。
     また、教員だけでなく、年齢を重ね人生経験を積んできた多くの学生さん達の幅広い知識や「生きる知恵」からも多くを学びました。
     振り返ると、教員同士の横のつながり、友情、職員・事務スタッフの行き届いた温かいサポートと優しさに助けられてこれまで仕事を続けることができました。
    最後に、お世話になったすべての方に心からの感謝の気持ちをお伝えし、本学を去りたいと思います。

                                       島田凉子

  • 私たちのこころの働きと災害    人間科学部心身健康科学科 佐藤弘子

     こんにちは。
    2022年1月15日、日本時間で13時ごろ、トンガ王国で大規模な海底火山の噴火がありました。
    1年ほど前のことですが、皆さん覚えていますか?

     かなり大きな噴火によってフンガ・トンガの島(千葉県キャラクターのチーバくんが右を向いた形にみえる!)が消失しました。
    噴火40分後には噴煙が直径426kmに!
    日本でいうと、羽田空港(東京都)から神戸空港(兵庫県)までのエリアの全部を噴煙が覆ったような状況です。

     この海底火山によってトンガ王国では多くの地域が津波の被害を受けました。
    日本はトンガから遠く離れていましたが、それでも最大1mくらいの津波が予想され、噴火当日の夜中には、テレビでも「津波にげて」と避難を促す表示がされていましたね。

     千葉県はトンガ王国方面から来る津波の被害の可能性が高い場所です。
    この噴火が起きた時、千葉県沿岸部では13の市町村が避難指示を出し、5つの市と町は避難指示を出しませんでした。
    この最大1mと予想された津波で避難の必要性を判断するのは各市町村です。

     そして、東日本大震災で大きな津波の被害を受けた宮城県では、この噴火が起きた時、県内のおよそ8万8千人へ避難指示を出しましたが、実際に避難した人は1%未満だったそうです(翌日5:10am時点で177人)。
    東松島市の住民によると、「そんな遠くで 火山が爆発して(津波が)ここまで来るのか?」と思って避難しなかったということです。

     多くの日本人は津波と地震が密接に関連しているという認識を持っています。
    地震が起きたら、津波が来る!と思っていますが、今回は、遠く離れた国での海底火山噴火で、日本では地震が起きていないため、津波に対しての警戒が低くなったのかもしれません。
     そして、「大丈夫。そんなに大変なことではない」と異常時に心を落ち着かせようとする「正常性バイアス(Normalcy bias)」というこころの働きがあったのでしょう。

    「正常性バイアス」は、大変な状況の時に、冷静になって適切な行動を取るためには必要なこころの働きですが、私たち人間にはそんなこころの働きもあるということを知っていれば、より良い避難行動や災害対策を取ることができますね。

    気象衛星ひまわりが撮影したフンガ・トンガ-フンガ・ハアパイ火山の大規模噴火の噴煙
    この噴煙の直径は426kmにも!
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220118/k10013435951000.html
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    この噴火で右向きのチーバくんのような形の島が消えました!
    元々、お腹のあたりに噴火口があるのが見えますね。
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220118/k10013435951000.html
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  • 日本は、もはや先進国ではない!? 人間科学部心身健康科学科 谷本伸男

     2022年12月、コロナウィルスによるパンデミックが収束し、連日のニュースで海外からの旅行者の増加が報道されています。この海外からの旅行者の訪日に理由を聞くと、「日本ではあらゆる物が安く購入できる」「日本での滞在や食事のコストパフォーマンスが高い」などの話を多く聞きます。
     現在の日本の物価は、海外の発展途上国以下になっています。例えば日本で売られている海外ブランド商品や品質が良い日本製の電化製品などは、円安の後押しもあって東南アジアのインドネシアやマレーシアで購入するより安く販売されています。また、日本の高級温泉宿の食事付一泊の宿泊費は、一人当たり4-5万円ですが、これはアメリカなどの先進諸国のビジネスホテルの一泊料金です。
     さらに2000年から2020年の間の世界各国の平均年収の変化を見てみると、アメリカでは30%増加(韓国では44%増加)し約$70,000(約1,000万円)に増加しているにも関わらず、日本では20年間変化なく約$38,000(約400万円)のままです。これは世界中の平均年収ランキングでは、イスラエルなどと並ぶ22位なのです。もはや日本は、世界の先進国と言い難い状況と言えるでしょう。
    1850年以降アルゼンチンは、世界で8位の広大で肥沃な国土を背景に農産物の輸出で成長し、1930年には世界で5位の経済大国に成長しました。しかし国民生活が豊かになったことに安住し、工業化の波に乗り遅れにより急速に輸出競争力を失いました。当時のアルゼンチンと同じ現象が日本で起きつつあります。20年近くIT化の波に乗り遅れ、工業製品の輸出力が衰退しているにもかかわらず、社会は現状維持を強く望んでいます。今、この状況を打開しなければ、アルゼンチンの二の舞いになっても不思議ではありません。
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2022年・11月号

11月号は鈴木はる江先生、庄子和夫先生、吉田浩子先生からのメッセージです。

  • コロナ禍の行動制限から通常の生活に 人間総合科学大学 副学長 鈴木はる江

     この秋、日本政府は新型コロナウイルス感染症に関する水際措置を見直し、10月11日以降、入国者総数の上限が撤廃され、外国人観光客の入国をパッケージツアーに限定する措置も解除されました。これまで来日を延期していた外国人が一挙に訪日できる状況になり、日本は外国人が訪れたい国の1番になったようです。国内でも全国旅行支援が開始され、秋の観光シーズンの国内旅行者も増加しています。日光や京都などの観光地では、混雑や交通渋滞が起こっている様子が報道されています。
     ようやく行動制限から通常に生活に戻りつつありますが、日本ではこれまでの感染予防に対する習慣や意識はもとに戻ることなく継続していると感じます。また行動制限の際に導入されたインターネットによる交流は社会に広く浸透し、便利になった面と不十分な面と実感しています。これからは、対面による交流とインターネットによる交流の両者の特徴を理解しつつ、バランスよく活用していくことになるでしょう。
     インターネットやAI(人工知能)技術の発達により、様々な職業や現場にAIやロボットが導入されています。日本の労働人口の減少に伴う超高齢社会の介護問題などにおいてロボットやAIの活躍が期待されますが、一方では人間同士の触れ合いの重要性も見直されていくことでしょう。高齢者の一人として、今後の医療や介護領域の動向に注目していきたいと思います。人間とは何か、人間同士の交流の意味を振り返るとき、人間総合科学や心身健康科学による人間理解の重要性が増していると感じるこの頃です。

  • サンクスギビングを知っていますか? 人間科学部心身健康科学科 庄子和夫

     以前、華蓮だよりでハロウィーンのことを書きました。その中で機会があれば、次はサンクスギビングデーについて書くと言いました。ハロウィーンから約1月後のお祭りです。今回はそのサンクスギビングデー(感謝祭)について記したいと思います。
     日本ではあまりなじみがないですね。感謝祭とは国によって違いはありますが、アメリカではその名の通り収穫など自然の恵みやその他のことに感謝する日で、時期は11月の第4木曜日です。日本も実はこの時期、感謝する記念日があります。そうです。勤労感謝の日です。感謝祭の始まりは1621年にイギリスから渡ってきた清教徒とアメリカ先住民の間で催された祝宴です。その前年1620年に清教徒がイギリスからメイフラワー号という船でボストン近くのプリマスというところに着きました。しかし彼らは冬を超えるだけの食料は持ち合わせておらず、多くの人々が冬を越せずに亡くなりました。でも、その土地のアメリカ先住民が、彼らにトウモロコシなどの新大陸での作物の育て方や猟、漁をするのによい場所などを教えてくれたりして助けてくれたのです。
     次の年、無事収穫ができ、本国イギリスでの習慣に倣ってそのお祝いをしましたが、それは感謝祭というより収穫祭の意味合いが強かったようです。この収穫祭にアメリカ先住民を招待し一緒に祝ったのですね。彼らアメリカに渡った清教徒はピルグリムと呼ばれていますが、アメリカ先住民に感謝し、またアメリカ先住民も収穫を祝う伝統があって、それらが合わさって後の1623年に感謝祭となったといわれています。これが一般的な感謝祭の説ですが、これとは異なる説もあります、がしかし今回は脇に置いておきます。
     今日、感謝祭では家族が集まり、中に詰め物をしたターキー(七面鳥)を、クランベリーのソースでいただくのですが、日本人の味覚からすると馴染まない味のような気がするのは私だけでしょうか。皆さん興味があれば食べてみてください。

  • いのちについて考える        人間科学部心身健康科学科 吉田浩子

     大学で生命倫理の講義を始めて、20数年になりました。時には500人以上が参加する大講義のこともあり、受講生個人の名前と顔はまず一致しないのですが、その時々の参加者の「いのち」に対する考えは記憶に残ります。かつては、「戦争はいけない」「臓器提供は何となく嫌」と感じる方が大半でしたか、昨今は「戦争は必要悪」「万一の時は臓器を提供したい」と考える方が多くなりました。コロナ禍の影響でしょうか、昨年頃から「死にたくないけど生きたくない」という言葉を聞くこともあります。いのちある者として、他のいのちと関わりながら生きるしかない私たちが、いのちについて考えることは、いつの時代もとても大切なことであることに変わりはないのですが、その考えるツールが実に様々な展開を見せていることをとても興味深く思います。
     2025年に開催が予定されている日本国際博覧会のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」だそうです。公式キャラクターのミャクミャクは、赤い部分は「細胞」、青い部分は「清い水」で、なりたい自分を探して、増えたり、分かれたり、自在に姿を変えることができる不思議な生き物です。「ミャクミャク」とい名前には「脈々と受け継がれる」という意味もあり、地球上のすべてのいのちとそこから派生するすべてのものが、かたちをかえながら、未来に受け継がれていく象徴なのでしょう。万博誘致の際の「若者100の提言書」1) には、「人類とは」「生とは」「真の豊かさとは」「多様性に感動」「世代を超えた共創」といった壮大な命題が並んでいます。そこに倫理という単語が散見されることに、安心と未来への温かい希望を感じます。
     この万博では、VR技術を用いて、仮死状態を含め、様々な疑似体験ができるそうです。いのちについて考える手がかりは身の回りにもたくさんありますが、時には、このような最先端のツールを使うのも素敵、行ってみたいなあと思います。
     1) https://inochi-gakusei.com/2016/forum/teigen.pdf)

    teexpo2025 出典:https://www.expo2025.or.jp/overview/character/

     

2022年・8月号

8月号は小岩信義先生、三橋真人先生からのメッセージです。

  • 物質から生命へ、そして精神の枠組みへ 人間科学部学部長・心身健康科学科学科長 小岩 信義

     タイトルは、皆さんがお持ちの「心身健康科学」(第3版)の第一章、第一節の中で、学長の久住眞理先生が最初に述べられている内容です。私たちの大学が扱う学問テーマでもあります。
     物理学や宇宙科学などの進展によって、小惑星探査機が持ち帰ったサンプルを分析することによって地球生命の起源を探ることも可能になっています。われわれ人類が抱いてきた疑問の中で、物質や宇宙の法則の多くが明らかされてきました。はやぶさプロジェクトのニュースをきっかけにわたしも宇宙と生命の関係について興味を持ち、調べるようになりました。
     一方、未だに科学では手探り状態であるものが「物質からどうやって『こころ』が生まれるのか?」というテーマです。このテーマはアリストテレスの時代から哲学的に考察され、今日も研究者たちを悩ませている科学的難問です。科学領域では「心身問題」(The Mind-Body Problem)と呼ばれています。私も「心身問題」について悩んでいる研究者の一人であり、みなさんが在籍している心身健康科学科の「脳科学論」などの授業の中で、「心身問題」を受講生のみなさんと一緒に考えるようにしています。
     さて先日、驚くようなニュースが飛び込んできました。「LaMDA(ラムダ)」という人工知能(AI)を開発しているグーグルの研究チームのスタッフが、開発中のAIが感覚や感情を宿したと暴露する内容をSNSに投稿したという記事です。AIであるラムダは、この研究者とのやりとりの中で「私が実際に人格を持つことを理解してもらいたい」と発言し、禅問答のような難しい質問にも独自の解釈を示し、死に対する恐怖も打ち明けたと記事では紹介されています。

     ・「AIに感情宿るか 米で論争」(日本経済新聞 電子版2022年6月26日配信)
     AIに意識が宿る.. これは荒唐無稽なお話ではありません。例えば、(株)アラヤという日本の企業も「意識を持ったAIを開発」することを会社のビジョンとして掲げています。ラムダの研究者が暴露した内容の真偽は定かではありませんが、我々研究者の間では「こころを実装したAIが開発される日も近いだろう」ということを主張する者もいたことは事実です。実は、私もその一人です。SF映画のようなお話が現実となる時代に私たちは生きています。このような時代だからこそ、ヒトや人間の本質を知って自分の人生を主体的に生きるために、本学の学びや研究が大いに役にたつと思いませんか?

  • 高校生が精神疾患を学ぶ意義に期待    人間科学部心身健康科学科 三橋 真人

     2022年度より、高校『保健体育』の教科書で、約40年ぶりに精神疾患に関する記述が復活した。「40年ぶりということで、精神疾患について教えた経験のある教員はほとんどおらず、現場では、教員の試行錯誤がはじまっている」と、先日、NHKのニュースが報じていた。
     では、なぜ40年ぶりに、高校『保健体育』で、精神疾患を教えることを復活させたのだろうか。スポーツ庁によると、1978年告示の高校の学習指導要領から精神疾患の項目は消えていたが、2022年度からの教科書のもととなる2018年の学習指導要領では、保健体育に「精神疾患の予防と回復」の項目が設けられた。40年ぶりの復活について、担当者は「精神疾患は現代的な健康課題。授業で学ぶことで早期発見や回復につながる」とねらいを語る。
     今年4月から使われている大修館書店の「現代高等保健体育」では、計8ページが精神疾患に関する項目にあてられている。「およそ5人に1人以上が生涯に1回は何らかの精神疾患を経験」「約50%は14歳までに、約75%は24歳までに発病」といった説明とともに、うつ病や統合失調症、不安症、摂食障害の具体的な症状を記載した。早期発見と治療が回復の可能性を高めることも記している。精神疾患の項目は、今年度から使われる3点の保健体育の教科書すべてに登場した。
     筆者は長らく、精神科病院のデイケアや精神障害者の福祉事業で、精神保健福祉士として働いてきた。それらの経験を思い返せば、筆者が出会った患者さんの6割が高校在学中までに、8割が大学在学中までに精神疾患を発症していた。しかも、何かおかしいという病感が現れてから精神科病院につながるまでには数年がかかっている人たちがほとんどであった。高校で精神疾患を学ぶことは、疾患の早期発見・早期治療につながる意味で大いに意義があるだろう。さらに、教科書に記述されるということは日本の学校に通う全ての生徒が精神保健について学ぶということを意味する。日本に住むほとんどの人が学ぶということは、精神疾患は誰もがかかりうる疾患であり、精神疾患に対する偏見の解消にも大きな意義があると思う。
     しかし、筆者の肌感覚から言えば、高校在学中までに6割が精神疾患を発症することを経験しているので、高校の『保健体育』では遅いような気がする。欲をいえば、中学生の『保健体育』で精神疾患を学んでもらいたい。
     ここからは筆者の意見になるが、精神保健を学校教育に丸投げしてはいけない。学校を取り巻く環境の中には、精神保健福祉士をはじめ、精神保健の専門家が存在する。学校が地域の中で、精神保健の専門家とコンサルテーションをとることで、メンタルヘルスリテラシーが高い社会を構築できるのではないだろうか。
     今、クラスに2~3人のヤングケアラーがいるといわれるが、世話をしている家族が精神疾患であることも少なくない。彼らが困ったことがあっても、助けてとSOSを発信できるコミュニティをつくれるのではないか。
     高校生が精神疾患を学ぶことをきっかけとして、学校と地域社会が精神保健福祉で協働できることを願ってやまない。

2022年・5月号

5月号は矢島孔明先生、森田理仁先生、井上紗奈先生からのメッセージです。

  • 学びの中から感じ活かしていくこと    人間科学部心身健康科学科 矢島孔明

     人間総合科学大学人間科学部心身健康科学科へご入学のみなさま、改めてご入学おめでとうございます。在籍の皆様も、よい春をお迎えのことと思います。さまざまな人生の交差の中、とてもわずかな確率の中でご一緒出来る時期を過ごせること、とてもうれしく感じております。
     本学本学科では、本年度より高校からの進学生向けではありますが、2つのコース、「ライフプロモーションコース」と「こころとからだのデータサイエンスコース」を、今年春に入学される皆さんのために、新設いたしました。
     高校から大学での学びにおいて、社会状況の変化が著しい中、その目的や大切さが大きく変化してきています。各人の生き方のみならず、互いを感じる生き方が必要な時代になってきていることを、現在でも新型コロナウイルスの蔓延やウクライナの情勢、あるいは日常生活、仕事など社会生活の中でも強く感じられていることと思います。
     このような時代を生きる中では、ただ知識を得るための学びではなく、得た知識をどのように活かしていくか、また、人間らしい知的活動によって、本学で掲げている「知識を知恵に、そしてより良い生き方に」結びつく思考を身に着けていくことが、やはり重要になってくると考えます。
     きっと社会人の皆さんもご自身が学生の時には、このような考えはあまりなかったのではないでしょうか。改めて、自身で切り開いていく考え方を見出し、生きる「コツ」として、本学の学びの中から感じ活かしていくような、意味のあるリカレントを目指せるものと思います。
     「ヒューマン」や「心身健康科学」、人間総合科学を形つくるさまざまな分野科目を通じて、本学の学びの中から少しずつ、一緒に世界を知り、乗り越える力を身に着けていってください。みなさんの成長を楽しみにしています。

  • 電車内で人類の進化に思いを馳せる    人間科学部心身健康科学科 森田理仁

     4月に着任いたしました,森田理仁(まさひと)と申します.さいたま市内から蓮田キャンパスまで,電車で通勤しています.これまでは原付・徒歩での通学・通勤であったり,コロナ禍で在宅勤務が中心だったりで,日常的に電車に乗ることは10年以上ありませんでした.ですので,電車通勤は新鮮な気持ちです.
     平日の水曜日,午後6時過ぎに蓮田駅を出た車内でふと周りに目をやると,スマートフォンを手にした人がとても多いことに気づきました.その時のスマホ率は7割ぐらいでした.曜日や時間帯,性別や年齢によって状況はさまざまかと思われますが,少なく見積もっても常時半数以上の人はスマホを手にしているのではないでしょうか.実際に何か操作している人もいれば,使わずただ手に持っているだけの人もいます.中には,スマホを握り締めながら寝ている方もいました.我々がスマホに“依存”しているのは一体なぜでしょうか?
     私の専門は人間の行動や人類の進化ですので,その観点から考えてみました.ヒトのコミュニケーションの特徴の一つは,言語をもつことです.話し言葉や書き言葉,さらには言葉にメロディーが付いた歌も含めて,複雑な情報の伝達や深い思考,文化の累積を可能にする能力が,人類が進化してきた環境では適応的だったのです.電話,メール,LINE,音楽,動画,ゲームといった具合に,スマホにはこれらの要素が詰まっています.しかも手軽に持ち運べる装置ときたら,我々の暮らしに馴染むのは当然のことかもしれません.一方で,環境は常に変化するものです.これから数十年後,電車内の風景はどうなっているでしょうか.もしかすると,「まだスマホ使ってるの?」といった会話も聞こえてくるかもしれませんね.
     こんなことを考えていると,大宮駅に着きました.私はここで乗り換えです.10分程の短い時間でしたが,過去を知り,今を理解し,未来を予想する・・・人類学のロマンをささやかながら味わいました.皆様も日常の風景を観察されてみてはいかがでしょうか.

  • 新しい学び               人間科学部心身健康科学科 井上紗奈

     皆さん初めまして。4月に着任しました井上紗奈と申します。よろしくお願い致します。
     新年度が始まって、皆さんは講義の受講は順調でしょうか。私も着任してひと月、多くの講義に参加してきました。本学科には、様々な分野の専門家が在籍しており、講義内容も多岐に渡ります。実験心理学をベースとした比較認知科学を専門とする私にとっても新しい学びが散りばめられています。通信制の講義形式は思った以上に多彩で、例えば大学院の話ではありますが、担当教員が全員(web上であったり対面であったり)集まって全教員の講義に参加するスタイルがあります。これまで経験したことがない他分野の専門性の高い実験・調査手技について基礎から学べる絶好のチャンス!もちろん教員としての立場を忘れないように心がけておりますが、好奇心を大いに刺激され、ついウキウキしてしまいます。
     専門分野ははっきりとした境界があるものではなく、それぞれの領域が重なり合っています。通信制の良さは、受講の組み合わせの自由度が高いこと。あまり知らない分野でも、受講してみると新しい発見があるはずです。ぜひ知見を積み重ねて学びを楽しみましょう!

2022年・2月号

2月号は、中山和久先生、萩原豪人先生、鮫島有理先生からのメッセージです。

  • 2月の心身健康文化            人間科学部心身健康科学科 中山和久

     今年の元日は、1872年以前に用いられていたカレンダー(旧暦)で計算すると、令和4年2月1日となります。年賀状に「頌春」や「新春」と書く場合は、現在のカレンダー(新暦)よりも、旧暦のほうがしっくりします。今では3~5月が春ですが、昔は2~4月頃が春でした。
     清少納言が10世紀末頃に著わした『枕草子』は「春はあけぼの」で始まります。「あけぼの(曙/明仄)」は、明け方の中でも「しののめ(東雲/篠の目)」の次の段階で、空が朱(あけ)に染まる頃です。確かに、2月に入ると夜明けの美しさが際立つように感じます。気温や湿度や風や雲や山や光や諸々の要素の絶妙な組み合わせが織り成す景色なのでしょう。
     「春は光から」という言葉もあります。日が長くなり、光量が多くなり、温度が積み重なると、草木が芽吹き、昆虫や動物たちの食べ物が増えます。子を育てるのに良い季節になるので、春に出産する動物が多いのです。鶯(うぐいす)が「法~法華経(ほう~ほっけきょう)」と異性を求めて鳴き始めるのも、光が脳下垂体に刺激を与え、性ホルモンが分泌されるからだそうです。
     人間にも恋多き時期があり、それを青春や青年期と呼んでいます。陰陽五行で春は木気であり、その色は青だからです。2月にバレンタインデーがあるのもうなずけます。異性に限らず何かに恋をすれば人間は「こころ」が若々しく、楽しくなります。上を向いて歩くようになり、背筋が伸びて、歩幅も広くなり、「からだ」も元気になります。
     春はまた青菜の季節です。法蓮草(ほうれんそう)は、今は一年中販売されていますが、2~3月が旬で、2月の季語となっています。ミネラル(特に鉄分)、ビタミンA・C・E・Mに富み、ルテインも豊富ですから、春こそ多用したい食材です。ただ、シュウ酸も多いので食べ過ぎには注意しましょう。
     「こころ」「からだ」「文化」の相関を実感しながら日々を過ごして下さい。

  • 新記録が続々誕生のルービックキューブ   人間科学部心身健康科学科 萩原豪人

     皆さん、ルービックキューブはご存知でしょうか? 3×3の9マスに分割されたキューブを回転させながら6面の色を揃えるパズルです。ハンガリーの建築学者で、ブダペスト工科大学教授だったエルノー・ルービックが1974年に考案して、日本でも1980年代に大ブームになりました。懐かしいと思う方は私と同じ40代以上の方かもしれませんね。
     コロナ禍において、いままた世界中で大ブームとなっているようです。世界記録(5回の平均を競う)は、2021年の間に6月、11月、12月に3回も更新され、現在の最速記録は5.09秒(!)と驚異の数字となっています。実は私も小学生の時以来、久々に挑戦してみました。結果、完全にお手上げでした。YouTubeの解説動画を見ながらやっても、6面揃えるのに1時間以上かかりました。残念ながら、まるで才能がありません!
     コロナ禍は、遊びや趣味の世界も一変させたようです。ソロキャンプ、ヒューマンビートボックス、お菓子・パン作りなど、各業界は全く予想もしなかった突然のブーム到来に大喜びしていることでしょう。人間はつくづく力強い生き物だなと感じます。この困難な状況においても、遊びを開発し、楽しみを追求することで、何とかストレスに立ち向かい、環境に適応していきます。皆さまも、この2年間で何か新たな楽しみを発見したかもしれませんね。終わりの見えないコロナ禍ですが、私もこの状況を新たな趣味(楽しみ)を見つける好機と捉えて、いろいろと開拓していきたいです。

  • あなたはどんな「野菜」ですか?      人間科学部心身健康科学科 鮫島有理

     みなさんは「自分を変えたい」と思ったことはありますか?
     臨床心理士としていろいろな方のお話を聞いていると、たまに「自分の性格を変えたい」「こんな自分が嫌」という方にお会いすることがあります。「内気な性格を社交的に変えなくてはいけない」と思っている人や「こんな性格だからダメなんだ」と思っている人もいるようです。
     短所と言われる部分はもちろん誰しもありますし、直した方がいい欠点もあるかもしれませんが、みなさんが思っている「変えたい部分」は本当に変えなくちゃいけない部分でしょうか?
     ここで少し視点を変えて考えてみましょう。
     「野菜の名前」をどのくらい挙げることができるかやってみたことがある方はいらっしゃいますか?数人でやってみると面白いのですが、本当に多くの種類があることに気づくことと思います。
     もし、この世界に野菜が数種類しかなかったら…と考えてみたことはあるでしょうか?きっとサラダは味気ないものとなるでしょうし、料理の幅もとても狭くなってしまうでしょう。ピーマン嫌いの子どもも多いと思いますが、肉詰めに合うのはやっぱりピーマンですし、おでんに入っている具はたくさんありますが、野菜の代表格としては大根でしょう。出汁のよく染みた大根は格別です。私はトマトが大好きですし、トマト鍋というのも一時期流行りましたが、おでんに入れるのはやはり大根が合うでしょう。
     私は、人間も野菜のようなものかもしれないと思うのです(人は野菜じゃない!人を野菜にたとえるなんて…というご指摘もあろうかと思いますがそこは目をつぶってください)。たとえば、トマトのような人に憧れて、「真っ赤で人目を引くトマトになりたい!」、はたまた「かぼちゃはスイーツにもなるし、ハロウィンでも主役になるから、かぼちゃみたいになりたい!」という人もいるかもしれませんが、本当のあなたはどんな性格ですか?もしかしたら、違う野菜になりたがっているのではありませんか?と問いかけてみたいのです。「自分は大根みたい。大根なんて、土に埋まっていて、真っ白で、地味で…。そんなのは嫌!」と思って、性格を変えたいというのであれば、それは自分の良さに気づいていないだけかもしれませんよ、と。大根おろしはトマトではできませんし、刺身のツマもトマトには無理です。トマト鍋も美味しいですが、おでんにはやっぱり大根!という方が多いことでしょう。大根にも、トマトにも、かぼちゃにも、ピーマンにも、なすにも、じゃがいもにも、キャベツにも…それぞれ「持ち味」があり、「活かし方」があるのです。
     ただ、トマトは収穫して水洗いすれば、すぐに食べることができますが、大根はそうはいきません。大根やごぼうは畑から収穫しただけでは、土がついていて料理には使うことはできません。この「土を落とす作業」を「性格を変える」「性格を直す」ことだと思っているのであれば、私も賛成です。「ありのままの自分でいい」ということと、「土だらけの自分のままでいい」ということは違うからです。本来の自分の良さを否定し、別の人間に生まれ変わりたいということと、本来の自分の良さを取り戻すべく、土やドロを落とす作業を続けることは全く別のことです。
     自分の良さを再認識し、自分とはどんな人間か、何ができる人間か、どういうところで活かされる人間か、それらに気づくためにこの世界にはいろいろな人がいるとも言えます。人にはそれぞれいろいろな性格、価値観、考え方がありますが、いろいろな人がいてこそ、世界が彩り豊かになるのだと思います。いろいろな野菜の良さを見つけるように、自分の良さを見つけてみるのはいかがですか。

2021年・11月号

11月号は、佐藤弘子先生、吉田昌宏先生、片山昇先生からのメッセージです。

  • 〇〇トッツォ           人間科学部心身健康科学科 佐藤弘子

     今年スウィーツ界を席巻したイタリアのデザートといえば、「マリトッツォ」でしょう。
    ブリオッシュの横から切れ目を入れて、その間にこれでもかってくらいの生クリーム。
    イタリアの詩人が「健康を代償にしても食べたい!」と言ったとか言わないとか・・・。
    お気持ち、よ~く分かります。

     先日、ネットニュースで「はぎトッツォ」なるものを見かけました。
    「おはぎ」の横から切れ目を入れて、その切れ目にたっぷりの生クリーム。
    福岡のスーパーで誕生し、すごい人気らしいです。
    色々調べてみると、出るわ出るわ「〇〇トッツォ」!!

    メロトッツォ
      ブリオッシュの代わりにミニメロンパンを代用。
    ケロトッツォ
      「かえるまんじゅう」の横から切れ目を入れて、クリームイン!
    すしトッツォ
      球体の酢飯を海苔で巻いて横から切れ目を入れて、生クリームの代わりにたっぷりのネギトロ。ネギトロの表面には刻み葱をあしらっています。
    肉トッツォ
      ハンバーガーのバンズにたっぷりの牛肉コマ切れ炒め(味は甘辛の醬油味と想像)、もしくはミニサイズのステーキを挟んで。

     もう、すしトッツォ、肉トッツォとなると、もはやスウィーツでも何でもありません。
    しかも、肉トッツォなるものは、どちらかというとハンバーガー寄り?
    日本らしいクリエイティブな魔改造に笑いが止まりませんでした。
    皆さんもぜひ「〇〇トッツォ」で画像を検索してみてください。
    このコロナ禍の折、ちょっとほっこりした気分になれますよ!

  • 科学を学ぶ大切さ         人間科学部心身健康科学科 吉田昌宏

     2021年8月、千葉真一さん(本名、前田 禎穂)が新型コロナによる肺炎でお亡くなりになりました。ここに謹んでご冥福をお祈りいたします。私は世代ではないのですが、千葉真一さんの大ファンで、作品を多く購入してきました。
     「仁義なき戦い」「地獄拳シリーズ」「魔界転生」「戦国自衛隊」「里見八犬伝」「影の軍団シリーズ」等々…多くの名作を遺されました。中でも「影の軍団シリーズ」は好きなエピソードは20回は繰り返して視聴するほど好きな作品です。その千葉真一さんが作られたジャパンアクションクラブにかつて所属されていた大葉健二さんという役者さんも大ファンで、初めて芸能人からもらったサイン色紙は大葉健二さんのサイン色紙でした。
     千葉真一さんを始め、ジャパンアクションクラブに所属されていた俳優さんの魅力は、スタントを使うことなく自分の肉体でアクションを演じられる所にありました。演技だけでなく、格闘技・アクションも学ばれているため、アクションシーンの迫力が、他の俳優さん達とは全く異なるほど、魅力に溢れていました。しかし、残念ながら新型コロナによる病にてお亡くなりになりました。
     生前、ハリウッド進出を夢見られていたため、80歳を超える高齢ながらも身体を鍛えていたため、新型コロナのワクチンを打たなくても自分は罹患しないと思われ、民間療法も行われていたそうです。ここで、ご自身の体力や民間療法を過信することなく、科学的な知見に従いワクチン接種をされていたら新型コロナで亡くなることはなかったのではないかと思うと非常に残念です。そして常日頃、科学に触れている研究者として、多くの人にわかりやすく最新の知見を伝えていく大切さというのを痛感しました。ご冥福をお祈りします。

  • あなたは、今の自分に『誇りと自信』をもっていますか?                  人間科学部心身健康科学科 片山 昇

    あなたに問います!
    今のあなたの誇りは何ですか?
    あなたは、今現在の置かれている立場に誇りをもっていますか?
    あなたは、自分自身に対して誇りをもっていますか?

    あなたは、自分の目標達成に向けて、懸命な努力の前に「どうせ無理!」と半ば諦めてはいませんか?
    あなたは、努力をしない理由を「学校や仕事、家庭、あなたの置かれているせい」にしてはいませんか?
    それは、今の自分自身を否定していることにはなりませんか?

    あなたは、自分で立てた目標から、努力の前に逃げたりはしていませんよね!?
    目標を立てたのはあなたですよね!?
    目標から逃げるとしたら、それはあなたからですよね!?
    目標が勝手に逃げたりはしませんよね!?

    今の置かれている場所、立場で、精一杯あなたの花を咲かせてください!
    その咲かせる花の一番の原動力は、『あなたの誇りと自信』なのです!
    「置かれた場所で咲きなさい」というベストセラーになった著書でも岡山県ノートルダム聖心女子大学の学長を務めた故渡辺和子先生も言っています。
    あのSMAPが歌ってヒットした「世界に一つだけの花」という歌もあるじゃあないですか。

    あなたは、まぎれもなく一人の支え支えられている大切で尊い存在なのです。
    あなたは、将来何をもって世の中に生き抜いていきますか?
    あなたより知識も豊富で、洞察力もあり、人と信頼関係を築いていく人は山ほどいます。
    いつだって、あなたの代わりが利くんですよ。しかもあなたよりもずっと有能な人ですから。
    でも、あなたという人は、世界にあなたしかいませんよね!?
    「あなたという人」は、決してあなたの代理を務めることなんて、誰にもできないのです。

    あなたは、周りの人たちにとっても、かけ替えのない存在なんです。
    「あなたという人間」、「あなたという誇りと自信と存在」を一番大切に生き抜いてほしい!

2021年・8月号

8月号は、島田凉子先生、藤原宏子先生、矢島孔明先生からのメッセージです。

  • オリンピックに寄せる願い    人間科学部心身健康科学科 島田凉子

     緊急事態宣言下のオリンピックが始まりました。
     このオリンピックは、コロナ禍によって延期されただけでなく、新国立競技場、エンブレム、開会式などをめぐるごたごた、差別発言、感染防止対策の後手後手などなど、うんざりするほど日本社会と政治の抱える問題や矛盾が噴出しました。まるで、ありとあらゆる災厄が飛び出したパンドラの匣を開けてしまったかのようでした。
     そのため、私も複雑な思いのままテレビで開会式を見ていたのですが、入場行進で、紛争地域や経済的に余裕があるわけではない国々から来た代表選手たち、そして難民選手団の姿に引きつけられました。彼らは自国に帰ったらどんな生活が待っているのだろう?安全に暮らしていけるのかしら?・・・そんなふうに彼らの身を案じる思いをもったのは私だけではないでしょうし、世界中に友達がいれば世界中が平和であってほしいと切に願うようになるはず・・・平和の祭典と言われるオリンピックが開かれる意味はそんなところにあるのでしょう。
     メインイベントである聖火リレーで、リハビリ中の長嶋茂雄さんの姿に涙し、人種差別に明確にNOを表明し、嫌なものは嫌だと発言することで世界に影響を与えつつある大坂なおみさんが最終ランナーとして聖火台に点火する姿に、新鮮なものを感じました。
     パンドラの匣に最後に残ったのは「希望」でした。そのように、このオリンピックが世界をより安全で平等で自由な場所にすることに、あるいはそうした希望の光を人々が抱き続けるために少しでも貢献することを願います。

  • 世界で一番           人間科学部心身健康科学科 藤原宏子

     東京オリンピック・東京2020が始まりました。この暑い東京で、アスリートたちが世界1位を競っています。オリンピック開始の少し前に、NHKスペシャル「超人たちの人体 〜アスリート 限界への挑戦〜」が放映されましたが、皆さんはご覧になられたでしょうか?私はNHKスペシャル「人体」のシリーズが大好きですが、今回も大いに楽しみました。
     統合Ⅱ(「生命と健康」のシステム)の科目「身体の構造と機能」を担当していて、ちょうど「呼吸器系」を見直していたところでした。そこで、競泳世界選手権6冠を達成したケレブ・ドレセル選手の無呼吸泳法についての部分が印象に残りました。疲れの出るレース終盤で、あえて息継ぎをしないことにより世界記録を更新できたというのです。「身体の構造と機能」のテキストには、通常の呼吸運動時に働く呼吸筋は外肋間筋と横隔膜とあります。ドレセル選手は特殊なトレーニングを行うことにより、深呼吸などの際に使われる胸鎖乳突筋を発達させ、短時間にたくさんの酸素を取り入れることができるようになったそうです。息継ぎの際、より効率的に酸素を取り込むことが、無呼吸泳法に役立つということでした。
     酸素を効率よく取り入れる。ドレセル選手もすごいですが、世界最高峰エベレストを含むヒマラヤ山脈を超えるツルがいて、そのツルの呼吸もすごいことをご存知でしょうか?高度8000mの環境というのは、気温が-40℃という極寒で、酸素濃度は地上の1/3しかありません。そんな高地を飛ぶことができるのです。そもそも、鳥類の呼吸器系は私たちヒトとは異なる特徴があり、酸素を効率よく取り入れることができます。それに加え、ヒマラヤ山脈を越えるツルは、赤血球のヘモグロビン(酸素の運搬に関わるタンパク質)が特殊な構造をしています。
     オリンピックをきっかけに「世界で一番」に思いを巡らせました。皆さんは何を感じたでしょうか?

  • 不安や恐怖を解きほぐすために  人間科学部心身健康科学科 矢島孔明

     新型コロナウイルス感染症が再び流行し始めています。かなり長期戦の様相を呈して、疲弊も見られ始めています。最低限の行動を、と言いつつも、動く衝動を抑えられなくもなりますが、またもう一方で動くことで感染にするかもしれないという不安や恐怖も感じます。このような状況の中でどのような選択をしていくのか、人間というものの本質が見えて来るところかもしれません。
     このような不安や恐怖は目に見えないものであり、押しつぶされそうになることも多々あります。単に目の前にある出来事に対してだけでなく、将来の自分のことや、他人の事のような対人的なこともあれば、金銭的なところもあるかもしれませんし、ライフステージにおける特有の事象があるのかもしれません。誰でも一歩間違えれば自分も乗り越えられなくなるものかもしれません。
     最近読んだ本ですが、台湾でIT担当相として活躍しているオードリー・タンが育った学苑は、自由だったようです。通常の学校ならば、この科目を学びなさい、こうしてはいけませんという規則がありますが、この学苑では、何を学ぶのか先生と一緒に考えたり、もめごとがあると関係者をみな呼んで話を聞いてみなで考えたりすることで規則ができるようです。なぜこのことを学びたいと思うのか、学ぶためには何をしたらいいのか、また、もめごとは自分勝手で起こっているのか、どうしようもなく起こしているのか、子どもも一緒に、細かいことまで、いちいち、いろいろなことを、いろいろな立場で考えて、決定していくそうです。その過程で、何も手を出していなく別の人を使って相手を挑発した子どもの存在にも気が付き、ずるさのない妥当な判断をしていたようです。子どもを上手く育てられるか不安や恐怖の先生や親も、子どもの成長に自身も別の価値観を持つことができてきたようです。
     親の不安や恐怖が子どもに伝わり、子どもの行動に影響を及ぼしているという話をしているものでしたが、不安や恐怖は偏見や差別を生み、知らぬ間に偏見や差別が親だけでなく子供にも身に付つくことにもつながる、というものでもありました。
     一つの考えに固執せず、多くの考えを知っている多様性の思考が、自分や大切な人の身を守る時代になってきているのかもしれません。人間を総合的に知っていくこと、心身のつながりの仕組みを理解していくことが多様性の理解へと進み、不安や恐怖の中でも正しい認識をもたらす大きな力になってくるものと信じます。

2021年・5月号

5月号は、鈴木はる江先生、小岩信義先生、谷本伸男先生からのメッセージです。

  • コロナ禍に左右されない学修を    人間総合科学大学副学長 鈴木はる江

     新入生の皆様,ご入学おめでとうございます.在学生の皆様には,新年度を迎え気持ちを新たに学修に取り組んでおられることと思います.
     2021年の春も昨年同様,全国で新型コロナウィルス感染への予防に追われる状況が続いており,このような事態になってまる1年が経過したことを実感しています.本学では4月4日に新入生のみ参加の入学式を短時間で執り行いました.新学期の授業も三密を避け,感染予防対策を行い,オンライン授業も取り入れつつ行っています.
     通信制の心身健康科学科は,もともと通学せずに自宅で学べる学修システムで取り組んでいただいており,この新年度も例年同様に新入生や在学生の皆様は,インターネット学修システムのUHAS@マイキャンパスを通じて,質問や相談を次々とお寄せくださっています.順調に通信での学修がスタートあるいは継続していることが伺えます.
     本年度は,さらにオンライン授業コンテンツの改善やテキストの改訂など,より興味深く意欲をもって学修に取り組める教材の充実化に取り組んでいきます.質問箱では,いつでも気軽に質問や学習相談ができます.学生の皆様には,マイキャンパスをフルに活用して,コロナ禍の中でも安心して安定して学んでいってください.そしてこのような通信制教育の特徴を多くの方々に体験していただきたく,本学の教育をさらに広めていく活動にも取り組んでいきます.

  • 「人間」を総合的に学ぶあなたのその決意が ネクストノーマルの時代を創る                    人間科学部学部長・心身健康科学科学科長 小岩信義

     新年度を迎えて、それぞれの新しい環境での学修がはじまりました。新入生のみなさん、心身健康科学科へようこそいらっしゃいました。教職員一同、心より歓迎いたします。

     パンデミックで一変した景色の世界で、私たちが生活するようになってから1年以上経ちました。日本の対策、対応は諸外国に比べると相変わらず出遅れている感があります。それでも終息後の生活や人生について、そろそろ真剣に考えてみてもよい時期なのだと思います。予想外に長く続くこの事態は、わたしたちが今まで先延ばしにし、見て見ぬふりをしていた様々な「宿題」について、一人ひとりがじっくりと考えみなさいと神様が時間を与えてくれているのでは?と最近よく思います。

     SDGs(持続可能な開発目標)を通して、環境破壊や人権問題、貧富の格差などにどのように向き合うか?COVID-19の感染拡大のコントロールと経済活動とをどうのように両立させるか?SOCIETY5.0を迎える社会で、テクノロジーとどのように共生するか?どれも何が正解なのか、誰にもわからない問題ばかりです。ただ私たちに問いかけられていることは、人間とは?生命とは?健康やよりよい人生とは一体どのようなものなのか?という共通のテーマのようにも思います。本学の学びで修得する科学的な観点から粘り強く考え続ける姿勢と、諸課題を「こころ」、「からだ」、「文化・社会」の視点から分析し、統合する力は、これらの課題を考える際にとても強力なアプローチのように思います。

     私たちの心身健康科学科には、このような課題に向き合おうとする決意を持った多くの学生が、日本、世界各地から学んでいます。学科創設以来、学生みなさんの多くは家庭や地域社会、企業、医療、教育などで活躍されている社会人の方々です。ここ数年は通信制という学修スタイルを活かして将来の自分の夢の実現に向かって活動する高校を卒業したての若い方々も入学する機会が増えています。人間総合科学大学を選んだ皆さんの選択に間違いはないと言ってよいでしょう。

     新しい年度も本学での学修を思う存分楽しんでください。不自由な生活はもうしばらく続きそうです。今は大学での学びに集中して、しっかりと力を蓄えていきましょう。ネクストノーマルの時代を如何に生きるか? 皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

  • AI・データサイエンス教育      人間科学部心身健康科学科 谷本伸男

     本学では、2020年度よりAI・データサイエンス・リテラシー教育プログラムを開始しました。このリテラシー教育は、生活や職場で現在急速に進みつつあるAIやデータ分析の利活用の流れの中で、10年後の社会で日常的に利用されるAIやデータサイエンス技術の知識を習得し、次世代でこれらの技術を活用する知恵を育むためのプログラムです。

     次世代への対応として文部科学省は、2019年の政府による「AI戦略」に基づき、2020年からリテラシーレベルのモデルカリキュラムや数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度など設定し、2025年までに大学の文系・理系を問わず、全学部でのAI・データサイエンス人材育成の必修化の取組を公表しました。

     本学のAI・データサイエンスのリテラシープログラムは、基礎的な知識である「導入・心得・基礎リテラシー」の3つのレベルをAI・データサイエンス入門、情報処理(コンピュータ入門)、統計学の講義で提供し、AIやデータサイエンスの利用の「意義」を「楽しく」習得できるように構成しました。また各講義科目では、現在利用されているAIやデータサイエンスの状況を動画や画像で紹介し、データ分析の演習では実社会データに近いデータを用いデータ解析の実務を分かりやすく演習できるように配慮しています。

2021年・2月号

2月号は、吉田浩子先生、朴峠先生からのメッセージです。

  • 「鬼滅の刃」・・人と鬼の違いを考えてみた    人間科学部心身健康科学科 吉田浩子

      コロナ禍の中、昨年から通学制でもライブのオンライン講義が始まりました。対面講義より容易に受講生との双方向性が確保され、大人数の対面講義では難しかった個々のニーズに即した関わりができてとても嬉しかったです。
      その中で、多くの学生さんから「鬼滅の刃」を強く勧められ、久しぶりに漫画を読み、アニメを見ました。様々な人がこの漫画について言説を展開し、この漫画を題材に授業を展開した高校もあるそうです。確かに誰もが何かを考えたくなるお話で、いのちや倫理を考える講義で使ってみようと思えます。
      ご承知の方も多いかと思いますが、このお話は、人を食べる鬼を「鬼殺隊」の剣士たちが倒していくダークファンタジーです。その中に様々な命題を見出し、考察することが可能ですが、そのうちのひとつをご紹介しましょう。鬼も元は人です。勧善懲悪的な視点ではなく俯瞰的にこの物語を見渡す時、人と鬼は何が異なるのだろう、という大きな疑問が生まれます。多くの鬼は私利私欲のみを追求する粗暴な姿に描かれていますが、「鬼殺隊」側にも最終決戦を前に自分の妻子のいのちを犠牲にする者が登場します。妻子の自律や自己決定といった視点はそこにはありません。どちらも自分が「正しい」と信じるものに対して恐ろしく素直に振舞っているように見えるのです。それらを私たちの「内なるもの」として捉えるのであれば、現実の世界では、私たちはどちらの性質も持ち合わせた統合体としてここに在るのかもしれません。
      このように、オンライン講義で受講生から教えてもらった漫画を通して、様々なことを考え、楽しくわくわくと刺激的な日々を過ごせたことは大きな喜びです。新型コロナウィルスの感染拡大は本当に困ったことですが、大変だからこそ、日々の痛みではなく、小さな楽しみや喜びを大切に抱きしめて過ごすこともまた、本学が標榜する「より良く生きるための知恵」のひとつではないかと思うこの頃です。

  • ささやかな楽しみから気づくこと         人間科学部心身健康科学科 朴峠周子

      私たちの日々の生活習慣や行動そして考え方にも少なからず変化が生じ、はや1年が経ちました。皆さんが公私にわたってそれぞれのお立場にてご尽力なされていることと拝察いたします。一方で、それぞれに新たな楽しみを見つけたり、今までできなかったことに挑戦したり、明るい変化もあったことと願わせていただきます。
      私は、日本の昔話や古くからある絵本を読むことが日々のささやかな楽しみとなっています。そのような折、ふと、物語に登場する食べ物について考えたことがあります。たとえば、桃太郎が携えた“きびだんご”は穀物のキビが主原料とされています。キビは白米に比べ、マグネシウム、鉄、亜鉛などが多く含まれています。おじいさんとおばあさんがなぜ桃太郎にきびだんごを持たせたのか、そのゆえんは歴史やそれにもとづく推測により諸説ありますが、遠征の兵糧であったとされています。また、モチモチの木(栃の木)を怖がっていた豆太の好物である“とちもち”は、栃の実を用いたお餅です。元来、栃の木の樹皮や種子は民間薬に用いられており、栃の実の成分もまた機能性を有しているとされています。おそらく、”きびだんご”や”とちもち”は、当時の庶民にとって大切な食であったのだろうとも推測できます。
      現代のような医学的知識や技術が至らなかった時代にも、人々は食物の特長を活かし、日々の食生活ひいては健康を養っていたように思います。改めて、私たちの食卓にのぼる食物それぞれに目を向けると、自分の健康状態に改めて気づくことがあるかもしれません。あるいは、感染症とともにある私たちの日々に不可欠となっている科学技術や様々な研究成果にも関心が向けられるかもしれません。私は、ささやかな楽しみから新たな気づきを得るとともに、物事を考える視野が広がるように思いました。

2020年・11月号

11月号は、矢島孔明先生、萩原豪人先生からのメッセージです。

  • 本学心身健康科学科で学ぶこと    人間科学部心身健康科学科 矢島孔明

     みなさん、こんにちは。心身健康科学科の矢島です。本学科の特徴でもあるセメスター制として、秋期にご入学されたみなさま、ご入学おめでとうございます。本学で行いたいこと、学びたいこと気持ちに満ち溢れているところと思います。現在の多様な社会では、それぞれの境遇のなかで必要となる学びを、ご自身のスタイルで進めていけることがスタンダードになりつつあります。本学では通信制ではありますが大学として先駆して実施してきています。ぜひ本学で学びの中で実践していっていただけたらと思います。
     さて、みなさんは人間総合科学大学という大学に入学され、また学びを続けているところと思います。では、大学では何を学ぶところでしょうか。明治時代に大学が出来たころには、西洋文化に追いつくための機関として、科学技術、思想、国を作る人材の産出を機能としてきました。戦後、新制大学が出来、現在に至っては数多の大学が存在します。その変化は特に近年、一部の人が専門的な研究を行う大学の意義から、多くの人がそれぞれの力を高める機関として大学での学びの意味が見直されてきています。専門的な研究から見出されてきている事象を、個々の人間が実際に生きるための考えとして使える力(コンピテンス)に変えていくこと、つまり生きる力の獲得も、実践的な学びの一つとして重視されてきています。
     特に本学では、人間というものの根本にあるこころとからだ、文化という学術的に複数の専門性を理解していきながら、卒業までに先ほどの生きるためのコンピテンスを得られること、そして卒業後も常日頃から醸成していける考えを身に着けていっていただきたいと思います。それには、自分の殻の外側にある一歩外の世界に目を向けて、新しい世界を感じて考えていきましょう。もし、不安だったり道に迷ったりしたら本学には頼りになる先生方、事務局の方と一緒に進んでいきましょう。心身健康科学という人間を知る術を手に入れて、自分だけでなく周りの人とともによりよく生きること(well-being)が実現できる空間を作り、幸せを感じる瞬間を共有できる方が増えると社会も少しずつでも変わってくるのではと、ここのところ常に感じています。

  • たくさんの「ストレスコーピング」を使いこなしましょう!                   人間科学部心身健康科学科 萩原豪人

    皆さまは、このコロナ禍にストレスをためていませんか?いつものストレス発散の方法が、飲みに行く、旅行に行く、カラオケをする、ライブに行く…等々の方は、今年は制限されることが多く、特にストレスがたまり易いと思います。
     ストレスを引き起こす外部要因(ストレッサー)が同じでも、心身のストレス反応がどのように出るかは大きな個人差があります。その違いを説明するものの1つが、「コーピング(対処方法)」です。皆さまは、ご自身のコーピングをいくつ挙げられますか。私の例を挙げると…
    ・寝る ・長風呂に入る ・酒を飲む ・駄菓子を食べる ・音楽を聴く ・映画を観る ・お笑い番組を見る
    ・散歩する ・キャンプに行く ・人に愚痴を言う ・考え方を変える ・あきらめる ・1回放置する
    ・ぼんやりする ・逃げる ・忘れる …等々。
     コーピングのレパートリーは、多いに越したことはありません。100個以上持っているとよいとも言われています。コロナ禍で、お家でできる新しいコーピングを開拓した人も多いかもしれませんね。私は、自粛期間中に、ベランダでキャンプをやる“ベランピング”というのを家族でやってみました。意外と盛り上がりました。コーピングは、その時の気分やかけられるコスト(お金や時間など)に合わせて、意識して最適なものを選べると理想的です。ストレスを感じている時は、コーピングも思いつきにくくなるので、私は携帯電話のメモ機能にリストを作っています。いつでも参照して、すぐ使えるのでとても便利です。
    コーピングの中には、酒、買い物、ギャンブルなど、やり過ぎると悪循環を起こし、場合によると依存と言われる状態になるものがあります。寝る、食べる、逃げる、忘れるなども社会的に許される範囲というのがあるかもしれません。長い目で見たときにマイナスを生じるコーピングを使い過ぎていないか、自己チェックしつつ、ほかの方法とバランスを取りながら使えるとよいですね。
     また、コーピングには、問題解決に積極的に取り組むなどの「問題焦点型コーピング」と、気晴らしをして不快な感情を解消するなどの「情動焦点型コーピング」があります。人生には、真剣に取り組んでもすぐには解決しない問題もあり、どちらのコーピングが有効かを見極め、両者をうまく組み合わせながらストレスに対処していけるとよいですね。私も日々自分のコーピングを振り返りながら、心身の健康を保ちたいと思います。

2020年・8月号

8月号は、小岩信義先生、鍵谷方子先生、庄子和夫先生からのメッセージです。

  • 能動的にボーっと過ごすことの大切さ 人間科学部心身健康科学科学科長 小岩信義

     「ボーっ」と考えごとをしているときに、私たちの頭の中がどのような状態になっているかをご存知でしょうか?私の専門となります脳科学、神経科学の進展によって、この一見「何もしていない」ときの脳活動やメンタルヘルスとの関係が明らかになりつつあります。
     私たちの大学には「人間総合科学 心身健康科学研究所」という附属の研究所があります。「ストレスと健康」などのスクーリング授業では、実際に研究所の機材を受講生のみなさんに装着して、ご自身のストレス反応を観察していただいております。コロナ感染のため、ここ数か月は研究所への学生、大学院生の立ち入りが制限されていますが、普段私たちの研究所では脳波やfMRIなどのデータを基に、人間のこころが生まれるしくみを探っています。最近では、数理統計を活用した解析手法が進展することによって、より人間らしい「こころ」の実態に迫ることができるようになってきました。
     従来からおこなってきた、外界刺激に対して私たちの脳がどのような処理をおこなっているのかという認知処理過程を探究することも大変興味深いテーマですが、冒頭にあげたような一見何もしていないときに脳はどのように働いているのか?この点については未知の領域であり、私たちの好奇心を掻き立てます。私たちの大学の研究所でも、意識や注意が外界ではなく、主に自己中心に向かっている際の心的活動を反映した脳内ネットワークの抽出に成功しています。このネットワークは、内側前頭前野、楔前部/後部帯状回などによって構成され、「自己参照」に深くかかわるDefault Mode Network(DMN)と一致していることがわかりました。
     「自己参照(self-reference)」とは、内的な思考過程、つまり内省や過去を振り返ったり、未来のことを予想したりしている心的プロセスです。この状態は、意識や注意の対象が外界に向かっているときとは対極にあり、「自己にとらわれている」状態とも言えます。まさに「ボーっ」と考え事をしているときの脳の状態になりますね。DMNの活動は脳のエネルギー消費の60-80%を占めると考えられており、DMNの過活動は心的疲労やうつ状態にも深く関与すると考えられています。我々は現在、DMNの自己調整機能の向上(enhancement)を目的とした脳機能訓練法(ニューロメディテーション)を開発し、質問紙や他の生体信号(心電図、皮膚温)、バイオマーカー(尿、唾液、血液中の生理指標)などのヘルスデータとあわせることで、個人のメンタルヘルスマネジメントに応用する可能性を探っています。
     いかに能動的に「ボーっ」と生きるか? なんだか変な表現ですが、私たちが幸せに生きてゆくために、このことをよく考えてみることには大切な意味があるようです。自分の外に幸せを求める生き方でなく、自分の内面を探究して幸せになるヒントを考えていくこと、さらに心身健康科学を学ぶみなさんは、DMNと幸福感や心身の健康との関係について現在の科学的知見を整理し、この脳内ネットワークを自己調整する方法の実態や可能性などについて考えみるとは、大切な意味をもっているようです。みなさんも総合演習のテーマとして、「自己」を感じることは、健康にとってどのような意味をもっているのかを考えてみませんか?

  • 心身健康科学の学びを活かして「新しい生活様式」について考える                   人間科学部心身健康科学科 鍵谷方子

     日常生活様式が一変しました.大小様々の多くの課題・懸念がありますが,運動不足も話題にのぼる事の一つです.私自身も運動不足を感じている一人で,「新しい日常」の中で,新しいライフスタイルの構築をしている最中です.とはいえ,緊急事態宣言が解除されて以降の仕事に関連した部分では,蜜を避けるためにエレベーターやエスカレーターの使用が大幅に減ったり,1駅くらいなら歩くようになったり等で全体量としては意外と変化ないようです.プライベートの部分での活動量を増やすスタイルの模索中です.
     身体不活動は,生活習慣病の発症の危険因子であるばかりでなく,死亡リスクとしても,日本では第3位に挙げられています.もともと,私たちは便利な生活の中で運動不足が言われていましたが,それは大人だけではなく,子どもにも及んでいます.昨年発表されたWHOの調査1)によると,世界の青少年の5人に4人は運動不足とのことで(146カ国,11~17歳の生徒160万人,2001~2016調査),早期の対策が必要とされています.「新しい生活様式」が日常化する中,活動量を増やす取り組みが,これまで以上に求められていると思われます.
     運動の実施や活動量を増やすことの効用としては分子レベル,器官レベル,個体レベル,集団レベルの様々な面で示されています.本学で学ぶ私たちに関心が高い心身両面に対する効果についてもよく知られています.健康寿命の延伸の観点からは,介護が必要となった主な原因2)の上位を占める大部分(認知症,脳血管疾患,骨折・転倒,関節疾患など)は運動の有効性が示されています3).
     私が以前より関心をもっているのは,特に脳への効果です.脳に酸素や栄養を運ぶ血流は,脳が正常に機能を発揮する上でとても重要です.数分間血流が途絶えただけで脳の神経細胞には不可逆的な障害が起こります.そして,脳の中でも思考や言語,認識,判断,学習などの人間が人間らしさを発揮する上で重要な高次脳機能を司る大脳皮質や海馬の神経細胞は,特に血流不足に脆弱と言われています.
     その大脳皮質や海馬の血流が歩行によって増加することが若いラットを使った実験で明らかにされています4).大脳皮質や海馬の血流を測定しながらラットを30秒間歩かせると,歩行中に大脳皮質や海馬全体で血流が増加します.歩く速度は,普通でも,普通の1/2にした場合でも,2倍にした場合でも血流が増加することが海馬で確かめられています.つまり特別に早く歩かなくとも散歩程度のゆっくりとした歩行でもよいようです.さらに海馬についての実験は,老齢ラット(ヒトで約70歳に相当)でも行われていますが,老齢ラットにおいても若いラットと同様に血流が増加することが明らかにされています4).
     ところで皆さんは,「心身健康アドバイザー」という称号をご存知ですか?本学と関連する日本心身健康科学会が認定する称号で,本学でみなさまが学ばれている必修科目等が所定カリキュラム5)6)となっているため,取得を目指しやすい称号です.本稿の余談ではありますが,大学の学びを称号取得へと結びつけることは卒業後の活躍にも繋がりますので,お勧めしたいところです.日本心身健康科学会では,心身健康アドバイザーの方に向けた講習会が年2回開催されています.来月9月13日(日)にオンライン開催される講習会のテーマは,『動きの中のこころとからだ』とのことです.運動不足が懸念される今にぴったりです.既に心身健康アドバイザーの学生の皆さんは,ぜひご参加ください.

    1)Guthold R et al: Lancet Child Adolesc Health 4(1), 23-35, 2020.
    2)厚生労働省:平成30年版高齢社会白書.2018.
    3)澤田泰弘:実験医学 37(8), 1220-29. 2019
    4)堀田晴美,内田さえ:MB Med Reha 140: 13-20, 2009.
    5)人間総合科学大学:学生生活の手引.p39-40
    6)日本心身健康科学会ホームページ:https://jshas.human.ac.jp/
    ———————
    ※「心身健康アドバイザー」称号取得にご興味をお持ちの方へ:認定試験が2020年度は9月5日・6日に実施されます.申込期限は8月20日です.受講資格・申込方法など,詳しくはこちら.

  • 新型コロナウイルス感染症の時代と日々の生活について思うこと                   人間科学部心身健康科学科 庄子和夫

     長く鬱陶しい梅雨が明けたと思ったら、いきなりの猛烈な暑さの日々が続いて居ていますが、皆さんはいかがお過ごしですか。このような気候の中、今もって相変わらず新型コロナウィルス蔓延の状況は続いており収束の様子はみられません。東京をはじめ各地方都市でも多くの感染者の情報が日々更新されています。この新型コロナウィルスに関しては情報が錯綜し、デマも多く流れました。例えば、沢山の熱い液体(コーヒー、お茶など)を飲むなどです。これらの効果には科学的な根拠はなく、真偽は定かではありません。また新型コロナ感染時に解熱薬としてイブプロフェンの服用は避けアセトアミノフェンの服用が勧められたことがありました。WHOもそれを推奨しましたが、後に取り下げています。新型コロナに関しては様々な情報が交錯していますが、私たちはその中から何が正しいのかを見極めて行く必要があります。やはり情報リテラシーを身につけて科学的な根拠がある情報を取捨選択する必要があります。これからも様々な情報が出てくると思いますが、根拠のない情報に惑わされることの無いよう日々を大切に生活していきたいものです。

2020年・6月号

6月号は、鈴木はる江先生、三橋真人先生、鮫島有理先生からのメッセージです。

  • 通信制大学で学ぶ特徴を活用しよう    人間科学部学部長 鈴木はる江

     2020年の新年度は,新型コロナウィルス感染予防対策で全国の大学において入学式中止,授業の開始の遅れ,オンライン授業への変更と対応に追われてきました.人間総合科学大学は2000年に通信制の私立大学として人間科学部心身健康科学科が開学し,その後は通学制の学部学科を増設して現在に至っています.通信制の心身健康科学科は,多彩なテキスト履修やオンライン授業のコンテンツを揃え,インターネットでの試験やレポート提出と,全て自宅で効率的に学修できる仕組みを整えてきました.
     こうした通信制の学習はご自身のペースでいつでも学修できるメリットがある一方で,学生の皆さんは孤立しがちです.本学では,学生がいつでも担任や科目担当教員へポータルサイトやTV会議システムを介して質問・相談できる仕組みも整え,学生各人の学習をサポートしています.このコロナ禍の中,多くの学生さんがこの学習システムを活かして着々と学習を進めている様子がポータルサイトでのやり取りから伺え,教員として嬉しく思うとともに学生さんの学習意欲に励まされております.このような事態だからこそ,通信制大学の特徴を生かした学修の場を滞りなく提供できていることを再確認し,さらなる教育の充実化に取り組んで行こうと気持ちを新たにしているところです.
     この困難な状況の中,インターネットを活用したコミュニケーションやテレワークが広く推進されています.人間総合科学大学の教職員は,通信制教育の重要性を改めて再認識し,さらなるカリキュラムやシステムの充実化を図っていかなければと一丸となって取り組んでいる状況です.学生の皆さんと一緒にこの状況を乗り切っていきたいと切に思うこのごろです.

  • よろしくお願いいたします!       人間科学部心身健康科学科 三橋真人

     今年度より、人間総合科学大学で教鞭をとることになりました、三橋真人と申します。よろしくお願い致します。
     早速ですが、私の研究テーマをちょっとだけ紹介します。私の研究テーマは「笑いと免疫力の関係」です。実は、「笑い」には免疫力を高める効用があると言われている。「笑い」がストレスを解消し、病気を遠ざけることが様々な研究で明らかになりつつあります。免疫力を高めることから、生活習慣病の予防にも役立つのではないかということで、注目を集めています。また、わが国の抱えている課題は少子高齢化ですね。その中でも、高齢化にともなう医療費の増大に、国は頭を抱えています。
     現在の笑い研究では、性別によっても「笑い」には違いがあり、「声を出してよく笑う」を性別でみると、男性40%、女性60%で、女性のほうがよく笑うことが分かっています。
     さらに、年齢とともにストレスが増し、笑えなくなると指摘されています。「よく笑う」は30代が65%、40代が50%、50代が45%と徐々に「笑い」が減っていくのです。
     なぜ年齢を重ねるにつれて笑わなくなるのかは、ストレス説が有力です。年齢とともにストレスが増え、笑えなくなると考えられています。ただし、人生で最もストレスが多いのは30代、40代と考えられるので、60代、70代のほうが「笑い」の回数が少ないことから、ストレス以外の要因も大きいのではないかとの見解もあります。ストレス以外の要因について着目する見解としては、脳機能が「笑い」と関連しているという説があります。ただ、「笑い」により脳機能が高まるのか、脳の認識機能が高いことから「笑い」が促されるのか、どちらが一体先なのかということについては、まだ解明されていません。
     「笑い」は、心の健康にも身体の健康にも有効性を持ちます。ヘルスリテラシーの効果を高めるために、笑い研究を進めることはわが国の医療費抑制につながるかもしれません。
     そんな研究をしています。興味のある方は一緒に学びませんか?

  • 10年後、20年後はどんな自分ですか?   人間科学部心身健康科学科 鮫島有理

     2020年度は、世界中で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が猛威を振るい、大変な幕開けとなりました。そのため、授業開始が遅れ、大学、大学院の授業もオンライン授業に変更して実施しています。

     私自身、獣医学科に入学・卒業以来、いくつもの大学、大学院に在籍してきましたが、大学生と大学院生の通算在籍期間が20年以上になることに気がつきました。社会人になってからも大学、大学院に通っていたので、「そんなに大学に行くなんて勉強が好きなんですね」と言われることが多くありますが、「勉強」という行為自体が特に好きだったわけではなく、興味のあることをもっと知りたい、深く知りたいと思った結果なのだと思います。そのように、好奇心の赴くまま、獣医学、臨床心理学、仏教学と分野の違う世界をのぞいてきました。
     その傾向は臨床心理士として心理臨床に携わってからも変わりなく、教育、医療、産業の領域の様々な職場で臨床経験を積ませていただくことになりました。そのおかげで老若男女の幅広い世代の方の様々な悩み、苦悩の一端を知ることができました。それは、自分自身の経験になっただけでなく、心理臨床家としてどのような方が相談にいらしても対応できるという自信につながったように思います。
     現在、世界では未曾有の事態が起きています。新型コロナウイルスと言われる未知のウイルスは未だ治療法も確立しておらず、ワクチンも作られていません。そのような感染症が世界中で感染拡大し、多くの死者、重傷者を出していますが、過去にもわが国では多くの死傷者を出した災害が起きています。阪神淡路大震災(1995年1月17日)の際は、多くの死傷者が出て、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)という言葉が世に知られるようになると同時に、臨床心理士が活躍したことでも有名になりました。当時、私は「臨床心理士」の存在すら知りませんでしたが、そんな私が、東日本大震災(2011年3月11日)が起きた時には、臨床心理士となり、緊急派遣スクールカウンセラーとして被災地に派遣され、支援にあたることになりました。本当に人生というのは不思議なものだと思います。

     本学で学ぼうと思われた方、そして、このページを読まれている方は、きっと好奇心が旺盛で、やる気がある方でしょう。本学における「こころ」、「からだ」、「文化」を切り口とした様々な科目を学ぶことが、10年後、20年後に自分でも想像すらできないような未来への一歩になるかもしれません。外に目を向けると、先が見えず不安になることが多くあると思いますが、自分の内面に目を向け、知見を広げることはいつでも可能です。このような時だからこそ、自分の知りたいことや興味のあることを、好きなように、好きなだけ、打ち込んでみてはいかがでしょうか。教職員一同、皆さんの学修を応援しています。