研究
心身健康科学とは
心身健康科学は、人間の存在を、”からだ”の各部の機能と、認知・感情・意思などの”こころ”の活動、さらに社会や文化、環境などが相互に影響しあうことで有機的に働く全体像として捉えます。そのため人間に関わる諸科学(脳科学や生命科学、免疫学・生理学、進化人類学や自然進化学、発達心理学や認知心理学、さらには東洋医療など)を横断的、統合的に扱い、その統合理論の構築を目指す教育研究領域です。
人間総合科学大学大学院・人間総合科学研究科は、心身健康科学の体系化を目的とした、心身健康科学専攻と、「食」と「こころ」「からだ」の関係を解明する健康栄養科学専攻の2専攻を擁しています。また、心身健康科学の学術研究の拠点として、人間総合科学心身健康科学研究所において、心身相関に関わる先端の研究を行っています。
心身健康科学の主要な視点
よりよく生きるための知恵【Knowledge for well-being】
心身健康科学では、生命、人間、健康、精神を対象とした様々な科学を統合し、人間が最も「人間らしくあること」につながる、生活や人生の「質」に高い価値を置く。そこで「よりよい人生を選択できる知識や意思を獲得すること」や「自らの人生の責任主体であること」などを、日常生活の上で実現するための「知恵」としてKnowledge for well-beingを提唱している。
いのちの運用:ライフ・プロモーション【Life promotion】
心身健康科学で示された「Knowledge for well-being」を理解し、私たちが生きる上において、1.的確な判断と選択を行う、2.自らの健康と生活の質を向上させる、3.生き方をよりよい方向へ向ける…ことを自ら主体的にプロモーションしていく新しい概念。
心身相関【Mind-body correlation】
心身健康科学は、人間を「こころ」と「からだ」が相互に有機的に影響し合う存在として捉える。心身健康科学は、心身相関の科学的な解明によって、私たち生活者がこの知見を理解、実践し、「いのちの運用(ライフ・プロモーション)」を実現することを目指す。人間の心身の相関には、進化、遺伝子、発生、脳、ライフサイクル、文化や社会環境等が複合的に絡むため、その科学的解明にも学際的・統合的なアプローチを行う。
自立と共生【Self-reliance & interdependence】
「自立」と「共生」を、久住眞理は「自立とは、自分の足で立ち、自分の頭で考え、自分の心で感じ、自分の命を燃やして生きていくこと」と定義し、「共生とは、千変万化の時の中で、万物を慈しみ感謝し、慎み深く、互いを支え合い、ともに生きる責任を果たすこと」と位置付けている。
心身健康科学の研究手法
対象とする学際的な学問領域
心身健康科学はこれまでの健康科学の枠を踏み越え、発達科学、生理学、医学、薬学、栄養学、衛生学、疫学、教育学、福祉学、倫理学など多領域に跨る学際的な領域に加えて、より多彩な学際領域を取り込み、最終的に「心身相関」の概念を検証・考察していくことになる。さまざまな学際領域を横断的・総合的に統合し、その中から人間の「こころ」と「からだ」の相関性、および生命現象のメカニズムの原則と働き(相互関連性)を解明し、人間の健康の保持増進に応用していく研究・教育活動を行っている。
俯瞰統合的な取り組み
心身健康科学の対象とする「健康」領域でも、個人のみならず、地域・社会・地球規模の人類共通の健康問題が数多く存在し、その解決にあたっては、健康科学をはじめとする医療・福祉・公衆衛生・基礎医学・精神医学・生命科学などから、脳科学・心理学・人類学・社会学・進化学・生物学などにいたるまで、幅広い範囲の学問領域間を架橋する体系が必要とされている。同時に、心身健康科学の提唱する「こころとからだの有機的関連性」という考え方は、「共生」や「共存」あるいは「調和」や「共認」を基軸とする人類生存の新たなシステム論を確立するうえでも重要不可欠な概念となる。そのためには、人間諸科学を統合する俯瞰統合的な取り組みが必要である。
メタサイエンス(Meta-Science)に基づく研究手法
メタサイエンスとは、1つの研究成果だけでは読み取れなかった重要な関係性や要因を、さまざまな研究を比較検討し統合することで明確にしていく手法である。また、過去の研究の相互比較を通じて新機軸の視点を発見し、以後の研究の方向性を提示することもまた、重要な目標としている。
心身健康科学においても、健康という個人・地域・人種・民族など層の異なるデータ(研究成果)や、一人ひとりの年代・価値観・ライフスタイル・人間関係など相の異なるデータ(研究成果)から、さらには多様な研究領域からの先行研究を検証しながら、客観的・統合的な結論を見いだす必要がある。そのために、新たな統合化のための研究手法の開発が行われている。
ホリスティック・アプローチの実践
心身健康科学において、ホリスティック・アプローチは重要な研究アプローチ法である。その概要は下記のとおりである。心身健康科学では、まず「こころ」と「からだ」の有機的な繋がりに着目することで、人間および健康を捉えるために、あらゆる科学的手法を応用する。また、最先端の科学技術として、心身相関に関する科学的な知見が集積されつつあるライフサイエンスは、心身健康科学の重要な研究分野である。最先端の、生命科学、遺伝学、免疫学、脳科学などの研究成果から人々のwell-beingの方策を検討していくことは心身健康科学の重要な研究テーマとなっている。
さらに心身健康科学では、健康科学や老年学や女性学といった人間にかかわる学際分野からのアプローチや、宗教・芸術・環境・政治経済といった人間の営みの諸相と人間の「こころ」「からだ」との相互作用を踏まえたアプローチから、現在、人間の生命の根源的な側面に迫る新たな領域が提示できると考える。
心身健康科学の、「全人的心身健康モデル」は、このような広範なアプローチから、各ライフステージでの健康問題の解決を図っていくための理論的基盤となる。
心身健康科学のテーマ
テーマ1)物質の解明から「生命」「精神」の解明へ
現在の自然科学の関心は「精神」や「こころ」の解明にも向けられている。近年では脳機能イメージング法などの科学技術の開発によって、精神活動を視覚化することができるようになり、これまで捉えどころのなかった人間の「精神」がより身近な存在になっている。先端科学の潮流は、人間のいのちとそのつながり、生命の本質的・根本的問題を扱うことを重要課題としている。
テーマ2)いのちのつながり…地球の誕生、生命の誕生、人類の進化
地球上に生存する人間は、地球の誕生から今日に至る、長い進化の過程において、「よりよく生きる」ことを目標にそのプロセスを経てきた。生物は生きていく環境に適応するようにプログラムされ、現代人の私たちにもその情報は組み込まれている。
テーマ3)からだとこころのはじまりはどこか?
“からだ”はおよそ60兆の細胞でできている。そのひとつ一つが”いのち”の最小単位であり、物質代謝と複製のしくみを備え、環境と響きあう力をもっている。個体レベルの生命活動も、この無数の細胞の見事な連携によって成り立っている。こころの座である脳細胞の働きも神経細胞同士の精ちな相互関係によって成立している。
テーマ4)ストレスのしくみ 脳・身体の反応
心身健康科学は、アロスタシスという新しいストレスの概念を提示する。アロスタシスは、ストレスに対処しようとする適切で効果的なからだの反応をいう。常に何らかの刺激の中で生活をしている私たちのからだは、その変化に対して適応反応を示して変動しており、ストレスについても同様に適応反応をしめす。不必要な「ストレス」を避けることで、アロスタシスの働きを回復することができる。
テーマ5)西洋と東洋の科学的融合
例えば、東アジアには「心身一如」の考え方が伝えられ、人間理解の基本となってきた。一方、西洋では、心身二元論に基づく人間理解によって近代医学が発達した。しかし、現在、心身を分けて考えることの反省から、心身の相関性を基礎とした人間理解が重要視されている。心身健康科学が、心身相関の科学に関するイノベーションの世界的な中心拠点となることは、西洋と東洋、科学と文化の融合という意味においても重要である。